THE 1975 | 東京 SUMMER SONIC 2022 | 2022.08.20

彼らが愛されるバンドに成った瞬間

3年ぶりに開催された今年のサマーソニック。東京初日のヘッドライナーは、イギリス、マンチェスター出身の4人組バンド、The 1975。彼らは楽曲によってその色を変えていく。それは、時に“ポップバンド”になり、時に“ロックバンド”にもなり、さらには“エモーショナル・ロックバンド”にもなり得る。そんな稀有な存在である彼らが、初のヘッドライナーを飾る。

夕方過ぎから降り始めた小雨は、徐々にではあるが強まってきている。当日の海浜幕張の天気予報に雨マークはなかったが、まあ仕方ない。念の為にと持ってきていたレインウェアを羽織った。昼間にかいた汗も雨によって冷え、長袖がちょうど良い体温にしてくれる。
そんなマリン・ステージはKing Gnuからの転換中。会場にはボン・イヴェールの“Hey Ma”、ベン・ワットの“North Marine Radio”など、インディー・フォークやネオアコを中心としたオーガニックな選曲のBGMが流れている。これらを聴きながら、僕は彼らのデビュー当時のコメントを思い出していた。「僕らは、サウンドではなく、曲からインスパイアされて自分たち流に書くんだ」。
10月14日リリース予定の最新アルバム『Being Funny in a Foreign Language』からのリードトラック“Part Of The Band”は、ボン・イヴェールからの影響が感じられるし、「今もスタンスは今も変わっていないんだな」と、変わらない彼ららしい一面が再確認できたようで少し安心した。

19時半の定刻を過ぎ、照明が落ちた瞬間、マリンに大きな拍手が轟いた。スモークが炊かれたステージの中、キーボードとサックスで奏でられるスロウなインスト版“If You’re Too Shy (Let Me Know)”をBGMに、マシュー・ヒーリー(Vo / Gt / Key 以下マッティ)、ジョージ・ダニエル(Dr)、アダム・ハン(Gt)、ロス・マクドナルド(Ba)のメンバー4人が登場。その出立ちはフォーマルな黒いスーツ姿で、2019年のサマソニでのカジュアルな格好(ライドのTシャツに、初代プレイ・ステーションのロゴ入りキャップ)から大きく様変わりしており、「今日は新譜モード(最新アルバムのジャケ写や直近のインスタ写真の多くはモノクロ)ってことなのか?」と咄嗟に考えていた。
そんな点から、この時点で予想できるライブの展開はふたつ。「モノクロなジャケ写とMV集が印象的なデビューアルバム『The 1975』への原点回帰か?」それとも、「10月14日にリリースされる最新アルバム『Being Funny in a Foreign Language』の扉を開け、新たな時代へと歩を進めるのか?」。僕の頭の中はそんな妄想と期待でパンパンに膨れ上がっていた。すると、ライブは全く予想してなかった展開で始まった。

彼らのアルバムのそれぞれ1曲目に収録されている同名の楽曲“The 1975”。曲名こそ同じものの、曲調は各アルバムの世界観が表現された楽曲になっていて、ライブでは(その時点で)新作からの“The 1975”から始まることがほとんどなのだが、この日だけは違っていた。入場する流れそのままに、“If You’re Too Shy (Let Me Know)”からスタートしたのだ。てっきり前作『Notes on a Conditional Form』の“The 1975”(気候変動問題を訴える活動家、グレタ・トゥーンベリの語りを中心に構成されている)から始まるものだと勝手に思い込んでいたので、これには正直驚いた。
「じゃあ、“The 1975”から始まらないThe 1975とは何なんだろう?」と、そんなことを考えていたら、聴いたことのあるギターの出音が。80年代風ポップ・ファンクソング“Love Me”だ。「We are back!!!」と高らかに叫ぶマッティ。一度はキャンセルとなった『スーパーソニック2020』で実現できなかったヘッドライナーのステージを、今務めているのである。胸が熱くならないわけがない。曲のリズムに合わせ、体を踊らすオーディエンス。僅かながらも漏れ出る歓声そしてシンガロング。そんな僕らの興奮を煽るように続いたのは、80年代のプリンス風ギターリフが効いた初期のアンセム“Chocolate”。さらには、柔らかいメロデイラインが印象的なポップ・ソング“Me & You Together Song”、ライブ用にオートチューンを強めにかけたヴォーカルが良いアクセントになっている“TOOTIMETOOTIMETOOTIME”と続け、序盤から代表曲を全く出し惜しみなく連投していった。

それにしても、この日のマッティはかなりご機嫌で、曲が終わるごとにオーディエンスに語りかけては、日本酒(らしきもの)を口にし、タバコをふかす。すると、さらにMCは饒舌になっていった。「今夜は僕らのグレイテスト・ヒッツな曲を演るよ。準備はいいかい?」。いい感じに出来上がったマッティによる「カンパイ!」の音頭から始まったのは、ニューウェーブを架け橋に80年代と90年代を行き来するような新曲“Happiness”だった。この新曲は、まだ公開されて間もないが、いい意味で変わらない彼ららしいキャッチーなフレーズとリズミカルなビートがあり、僕らは自然と音に身を任せて体を揺らしていた。“A Change of Heart”では、ステージ前に設置された移動式カメラレールに乗り、ゆっくり移動しながら歌うマッティ。その姿がステージの両サイドに設置された巨大スクリーンに流されると、曲の持つ浮遊感と相まって最高にドリーミーな空間が広がっていった。続いて、アコギによるイントロから始まる新曲“I’m in Love With You”が世界初公開された。ミドルテンポの緩やかなメロディラインが心地よいこの曲は、曲中のオーディエンスとの掛け合いも相まってライブの新たな定番曲となりそうだ。

この日、3年ぶりに彼らのライブを観ていて思ったのは、彼らの演奏の精度が上がっていたことだ。曲をなぞるかのように柔らかなリフを刻むアダムのギター、ダンサブルな曲が多い中で主張しすぎずも曲のグルーヴを絶妙なところで留めるロスのベース、そしてマッティと共にバンドの共同プロデューサーとしても大きな役割を担っているジョージの細やかで全体バランスをしっかりと保つようなドラミング。 「原曲の再現性」と「ライブならではのアレンジ」。それらがどっちも行き過ぎることなく生まれる絶妙なアンサンブルは、彼らのポップ・ソングにとって必要なファクターだ。
そんな盤石な演奏に支えられ、マッティの言葉も強いメッセージ性をもって放たれる。中東の難民問題や人種差別などの様々な社会問題を取り上げつつも「だからこそ何かを成し遂げることは素晴らしいのさ」という希望の言葉を歌った“Love It If We Made It”に、現代社会の生きづらさに対する悲しみと、それに反抗、そして僕らを鼓舞するような「ベストを尽くせ!自由に生きろ!」と訴えかける“People”。そんな彼ら流のプロテストではないポリティカル・ソングでは、マッティの魂のこもった叫びにも似たボーカルや、メリハリの効いた演出も相まって、思わず自分も叫びたくなる衝動に駆られた。

そして、The 1975のヘッドライナーとしてのステージは最後のセクションへと突入していく。今や彼らのライブでは欠かせない曲となった美しく壮大なロックバラード、“I Always Wanna Die (Sometimes)”。アコギの印象的なフレーズから始まるこの曲は、徐々にエモーションが込み上げ、コーラスパート、そして感動的なインタールードで一気に溢れ出す。(この曲に勇気をもらったリスナーは決して少なくないと思う。「生きていけないなら、挑戦すればいい」。それは「挫けそうになったら、挑戦すればいい」という風にも捉えられるし、その言葉に僕自身何度も救われた。)
そんな感動的なシーンをパッと解くかのように、「踊りたいかい?」というマッティの優しさにも似た言葉から、ラストは明るく弾けるようなメロディの3曲、“The Sound”、“Sex”、“Give Yourself a Try (with 花火)”で初のヘッドラインステージは大団円を迎えた。

この日ライブを観て感じたことが二つある。ひとつは彼らが「愛される存在」になったということ。デビュー当時の2010年代イギリスは、まだギターロックが至上主義的なところがあって、彼らのサウンドは「ギターロックバンドなのにポップすぎる」と揶揄されたりもした。けれど、The 1975は今やシンガロングできる楽曲を多数持つ「みんなのバンド」となった。それは同郷マンチェスター出身のオアシスにも似たもので、たとえ音楽性こそ違えど、そこに共通してあるのは楽曲を介した体験の共有だ。

そして、もうひとつは、冒頭にも書いた「現在のThe 1975は原点回帰なのか?新時代の到来なのか?」の問いに対するひとつの答えだ。その結論を言う前に、僕が抱いていたライブ前の心配ごとについて触れておこうと思う。彼らは前作『Notes on a Conditional Form』において、アーティストとしてひとつのピークを迎えたような気がしていて、今回のライブを迎えるにあたって、僕の中には「ここから彼らはどこに向かうんだろう?」という疑念めいたものが正直生まれていたのだ。それまでのベクトルのまま突き進んでインフレに進んでいくのか、それとも別の方向へ舵を切っていくのか…?それを踏まえての結論としては、今回のライブは「モノクロに戻るという原点回帰の機会」でもあり、同時に「新世界への入口から、これまでのバンドを振り返った90分間(=グレイテスト・ヒッツなセットリスト)」でもあったような気がする。
10月にリリースされる最新作に関して、マッティは「昔からのファンのためのもの」と語っていて、実際この日発表された“Happiness”と“I’m in Love With You”が持つ音楽としての普遍性は、デビュー当時の楽曲に通ずるところがあるし、それと同時にこれからの彼らの経験値が垣間見えた楽曲でもあったことが、この日の発見でもあった。

ちなみに、2019年のサマソニに出演した時の最初の曲“Give Yourself Try”が、今回の最後の曲となったのは偶然かそれとも必然か…。それはこの日のセットリストを組んだ彼らのみぞ知るところだ。

<セットリスト(ライターメモ)>
01. If You’re Too Shy (Let Me Know)
02. Love Me
03. Chocolate
04. Me & You Together Song
05. TOOTIMETOOTIMETOOTIME
06. It’s Not Living (If It’s Not With You)
07. Paris
08. Happiness (new song)
09. Robbers
10. A Change of Heart
11. I’m in Love With You (new song)
12. Somebody Else
13. Love It If We Made It
14. People
15. I Always Wanna Die (Sometimes)
16. The Sound
17. Sex
18. Give Yourself a Try

Text by Shuhei Wakabayashi
Photo by ©SUMMER SONIC All Copyrights Reserved.