ようやく花開いた先駆者
パシフィック・ステージにはかなり人が集まっていた。2015年にサマーソニックの深夜におこなわれた『ホステス・クラブ・オールナイター』にフランツ・フェルディナンドと合同のバンド・FFSで出演した以来の幕張メッセである。そのときも大盛況だった。
そのときのライヴ、この日のステージまでバンドのドキュメンタリー映画『スパークス・ブラザーズ』や、バンドが原案・音楽に携わった映画『アネット』が公開されてバンドへの注目度はかなり上がった。それだけでなく、「ローリングストーン誌が選ぶ『歴代最高のアルバム』500選・2020年改訂版」の476位に彼らの代表作『KIMONO MY HOUSE』が選ばれたのだ。自分は大好きなアルバムだし、どの曲も素晴らしく名盤であるけど、ローリングストーン誌のようなところから評価されることはないと思っていたから、このような企画で500位の中に入ること自体が驚きだった。スパークスを再評価する機運は今の方が高まっている。
ライヴは23時頃始まった。『アネット』のサウンドトラックから“So May We Start”。ヴォーカルのラッセル・メイルがステージ上を飛び跳ね、よく声がでていて70歳過ぎてもこの元気。選曲は、最新アルバム『A Steady Drip, Drip, Drip』からも含む新旧取り混ぜたもので、バランスが取れているといえば取れている。しかしなんというか変化球攻めみたいな選曲なのだ。
70年代前半の名曲群、例えば“Amateur Hour”、“Never Turn Your Back on Mother Earth”、“At Home, At Work, At Play”や70年代終盤から80年代にかけてのダンス/シンセポップの祖となった時代の“Beat the Clock”、“When I’m With You”、あるいは2000年代に入ってからの“Dick Around”なんかを聴きたいという思いははぐらかされる(後日の単独公演で演奏された曲もある)。
“Angst in My Pants”や“Tips for Teens”のように比較的地味な時代とされる80年代前半の曲を掘り起こし、そのよさを改めて知らせる。さらに新しいアルバムからの曲も過去の曲も遜色ないことが伝わってくる。ベストアルバム的な直球の選曲でビシバシ攻めるのではなく、老獪な投球で三振を奪っていくような感じ。スパークスの曲の層の厚さを思い知らされたのだ。
“Shopping Mall of Love”では兄・ロン・メイルがセンターにでてきてヴォーカルを取るし、“The Number One Song in Heaven”では定番になっているキレキレのダンスをみせてくれる以外は、無表情でキーボードを弾く。この兄弟の対比でステージにユーモアを漂わせる。クイーンに先んじてオペラ的な発声に曲作り、ペット・ショップ・ボーイズやイレージャーなどに先んじてシンセポップを始めるなどスパークスは音楽性を変えながら先駆者として長年コツコツと活動してきた。そして後進のバンドからのリスペクトを受けてコラボレーションをおこない、映画が公開されて、ようやく正当な評価を得たのだった。
その“The Number One~”から“This Town Ain’t Big Enough for Both of Us”にかけてがこのライヴのハイライトだった。最後の方はラッセルの声がやや苦しかったけど、グラムロック期とシンセポップ期の代表曲の2トップで名曲を待ち構えた人たちも盛り上がる。最後は“All That”新しいアルバムの発売1曲目……やっぱり一筋縄ではいかない柔らかい締めくくりだった。演奏を終えると恒例の記念撮影をしてステージを去っていった。