björk orchestral | 兵庫 神戸ワールド記念ホール | 2023.03.25

ビョークという生物がいる

「オーケストラル」と題したビョークのライヴが神戸でおこなわれた。会場となるワールド記念ホールは、神戸の繁華街・三宮からポートライナーで約10分の場所にある。港の埋立地にある建物でキャパシティ約8,000人の会場がソールドアウトになっていた。今回のビョークは「オーケストラル」と「コルヌコピア(Cornucopia)」と題した2つのライヴを日本でおこなう。東京では両方がおこなわれるけど、神戸では「オーケストラル」のみの開催である。

会場周辺にはすでにビョークのグッズであるトートバッグを手にしている人や、Tシャツを着ている人(『Debut』のジャケットの人が多い感じ)や、着物着た女の人を見かける。さらに会場に近づくと、グッズを買う列が長くて、今並ぶとライヴ開始に間に合いませんと係員が拡声器で話していた。

会場に入るとBGMが流れずに外の喧騒と一転して静かだった。場内に「ビョークが気が散るから撮影とかしないでほしい」というようなアナウンスが日本語と英語で何度か流れる。ステージには30人を超える人たちが座れる椅子が用意されている。

開演予定時刻を10分くらい過ぎたころにオーケストラのメンバーが現れ、指揮者のBjarni Frimann Bjarnasonもステージへ。アンコール時に語られたビョークによればアイスランドから来た指揮者である。彼はノースリーブのシャツを着てスカートのようなものを履いている。オーケストラはヴァイオリンからコントラバスまであり、メンバーは日本人のようにみえた。弦楽器のみ。木管楽器、金管楽器、打楽器などがない。

そしてビョークが登場した。自分はステージから1番遠いところからオペラグラスを通して観る。白いドレスに腰あたりからたくさんの棒がでていてその先には白い羽毛みたいなのが付いていてスカートのようにみえる。顔には金色に光るお面を被っているので素顔はわからない。

もちろんビョーク登場時の拍手は大きいのだけど、音が出始めたら緊張が静けさとなって会場を包む。比類なきビョークの声と弦楽器が会場の隅まで響き渡る。ステージ背後のスクリーンは具体的なものや模様を映すのではなく、シンプルにさまざまな色を光らせたけど、うまく動作していないときもあった。

“Stonemiker”からライヴは始まった。過去作からも割と満遍なく選曲され、もともとストリングスが入ったアレンジの曲も多いので、弦楽器だけになったからといって印象が大きく変わることはあまりなかった。曲によってはピチカート奏法を多用して、リズムを刻むこともあった。

“Hunter”や“Isobel”、“Jóga”などの名曲が次々と歌われるのを静かに見守る。曲が終わるたびに「(ドウモ)アリガット!」とビョークが挨拶すると大きな拍手が湧き起こる。

以前、日本科学未来館でおこなわれた『Björk Digital―音楽のVR・18日間の実験』でみたときに光る蛾に覆われたビョークとか、ライヴでもVJで海の生物と渾然一体となったビョークをスクリーン上でみたことがあるけど、この日のビョークは、何かと対峙するのではなく、ビョークの声が弦の響きと渾然となって、さらに広い会場の空気と渾然となっていって、会場の隅々まで及んでいった。お客さんひとりひとりに対して浸透力のある、その可愛く、美しく、不気味で、恐ろしく、変化していく生物としてのビョークがそこにいる。

本編は“Hyperballad”で締めくくる。「今、すごいものをみている」ということがビシビシと伝わり、大勢の人たちとビョークを観るという体験が唯一無二であることを実感する。

アンコールに応えてまず、オーケストラだけでアルバム『Selmasongs(ミュージック・フロム・ダンサー・イン・ザ・ダーク) 』から“Overture”、そしてビョークがステージに戻り“Pluto”。テクノのビートをストリングスで再現してみせることのチャレンジを象徴する曲で最後まで会場の人たちを驚嘆させ魅了していたのだった。

Text by Nobuyuki Ikeda
Photo by Santiago Felipe