BLUR | 東京 SUMMER SONIC 2023 | 2023.08.19

2023年夏のある1日の“The Ballad(物語)”

ついに“完全体“のブラーがサマソニで観れる。彼らのサマソニ出演は2003年のヘッドライナー以来20年ぶり。「20年ぶり」とだけ聞くとアニバーサリー感が際立って見えるが、ブラーファンとしては「20年ぶり」よりも「グレアム・コクソン(Gt./Vo.)のいる“完全体“のブラーが出る」ことの方が重要だ。
2003年の出演は、ほぼグレアム不在で制作された『Think Tank』を提げてのもので、このアルバム中心のセットリストは、当時の新たなブラーの新作を楽しむという点においては良かったが、「ブラーのライブ」を期待していたファンにとっては決して満足のいく内容ではなかったように思う。

あれから20年が経ち、ついにグレアムがいるブラーをサマソニで観れる。こんなに嬉しいことはない。そんなファンにとってエポックメイキングな事実があるだけでも十分に期待値は高まるが、このライブの注目ポイントはそこだけではない。ひとつは、つい先日リリースされたばかりの『The Ballad of Darren』を提げてのライブであるということ。そしてもうひとつは「ブリットポップ30周年」という記念の意味も含んだライブでもあると言うことだ。これだけトピック盛々な感じを、1時間半という短めのフェスセットにどう盛り込まれてくるんだろう?楽しみてんこ盛りな心持ちで、僕はマリンステージに向かった。

それにしても、まさかこのタイミングで彼らが活動再開するとは全く想像していなかった。デーモン・アルバーン(Vo./Gt./Key.)はゴリラズやソロの活動真っ只中だったし、グレアムは新プロジェクト、ザ・ウェイヴの活動を始めたばかり、デイブ・ロウントゥリー(Dr./Per.)は議員活動の傍でソロアルバムを出してるし、アレックス・ジェームス(B.)はチーズ…。とメンバーそれぞれが充実した活動を送っていたからだ。だから、ウェンブリー・スタジアム2デイズ開催の発表には驚いたし、『The Magic Whip』以来8年ぶりとなる『The Ballad of Darren』の発表にも驚いた。
ただ新作に関しては、少し懐疑的な部分もあった。何故なら、そもそも多忙な中で「皆いつ集まってがっつりアルバム作るんだよ?」という物理的な心配があったし、前作『The Magic Whip』のように力作ながらも“アルバム作品“としては若干物足りなさの残るものが出てきたら何か惜しいなとも思ったり…と要は心配だったのだ。
だが、そんな心配は全て杞憂だった。『The Ballad of Darren』は、彼らが現時点で出せ得る最高の“アルバム作品“で、デーモン曰く「『13』以降に連なる正当な継承アルバム」であることを強く感じられる作品でもあるからだ。ゆえに今回のライブは本当に楽しみで仕方なかった。それが結果的にグレイテスト・ヒッツなセットリストになったとしても、彼らなら、そこに新作の世界観を纏わせないわけがないだろう、という期待も込めて。

開演前のマリンステージ、ステージ上に大きな「blur」の文字を形取ったオブジェが搬入される。「うぉぉ!」と大歓声が上がるアリーナのオーディエンス。ステージBGMには彼らの音楽にある伝統性のルーツを感じさせる世界のクラシックな名曲が流れている。出来上がっていく会場の空気。今まで数々のライブを観てきて、ステージBGMが会場の空気を作ることはよくあることだったが、ステージBGMとライブがここまでシームレスで続いていくような選曲は稀だ。

ステージBGMが消え「ついに!」という期待感と共に発生した大歓声の中、まるで興奮を宥めるかのような“The Debt Collector”がスタジアムに鳴り響く。牧歌的な雰囲気の中、メンバーたちがステージに登場。ボーダーのTシャツにデニム姿のグレアム、ネイビーのオーバーサイズT姿のデイヴ、ラフめな黒のポロを緩めに着るアレックス、そしてFILAのジャージを着たデーモン。と、皆があまりにも昔のまますぎて思わずニヤついてしまう。

緩やかな雰囲気の中、セッティングが終わると、ミッドテンポのロックチューン“St. Charles Square”からライブはスタート!クランチなギターが会場をノイズで包む中、重たいベースラインとミッドテンポのリズムが曲の世界を作っていく、これぞブラーな新曲がライブの始まりとなった。間髪入れずに投入されたのは“Popscene”。まるで1993年にタイムスリップするような流れの中で、この曲が全く懐メロ化せず現在の音として鳴っているのがまず凄い。ブラスパートなしという若干のアレンジ変更も影響していたかもしれないが、それもまたライブの副産物だ。「現在」から「ブリットポップの始まり」と続いて、会場に鳴り響いたのは「ブリットポップの終わりの始まり」に鳴っていた印象的なあのイントロリフ、そう“Beetlbum”だ。ブリットポップ後期の憂鬱を歌ったこの曲を、“St. Charles Square”、“Popscene”から続けてくるあたり、その当時の背景を知っている身からすると、かなり心が揺さぶられるような思いだが、そんな揺さぶりがあったからこそ、今も昔も「現在」になり、思いっきり歌える要因になっていたように思う。ブラーの歴史を4曲にぎゅっと詰め込んだ序盤ラストを締めていくのは、ダウナー気味なミドルテンポの“Goodbye Albert”と“Trimm Trabb”、そして日本ライブ初公開の“Villa Rosie”だ。結構なレア曲で且つライブ初公開にもかかわらず、慌てずしっかりレスポンスしていくファンが心強い。

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曲と曲の間、ビール片手に「カンパイ!」と叫ぶグレアム、手を合わせておじきをするデーモン、即興のベースラインで遊ぶアレックス、落ち着いた様子で次の曲のスタートを待つデイブ、そしてイントロのドラムのタイミングが合わずに苦笑いするメンバーたち。こんなメンバーたちの緩い言動ややりとりが繰り広げられる時間がどうしようもなく愛しい。そんなやりとりからの“Coffie & TV”(グレアムがメインボーカルの曲)では、グレアムのメタル風且つグランジーなギターが曲前の雰囲気とのギャップを作り上げていて、否応にも「ブラーのライブに来ているんだ」という実感を感じずにはいられなかった。

曲終わり後のMCで、「初めて日本に来たのは1991年(実際は1992年)。僕らにとって大切な場所だ。」と感慨深そうに語っていたデーモン。彼らが日本を愛してくれてきたのと同じように、僕らもまた31年間彼らを愛し続けることができたのは、バンドメンバーの愛すべき人柄、映画『No Distance Left to Run』で語られたような胸を締め付けられるような彼らの物語、そして偉大な楽曲たち、それらがあったからに他ならない。デーモンのシンプルなメロディの歌、グレアムの表情豊かなギター、そのアンサンブルを支えるアレックスのベースに、曲の均衡を絶妙なラインでキープするデイブのドラム。そのどれが欠けても僕らが好きな“ブラー“ではない。そんなデーモンのMCから始まる中盤は目まぐるしい流れで展開していく。

ステージ狭しとファンを煽りながら歌い回るデーモン、コーラス後の「In the country! In the country! In the country!!!」3連発が最高にシビれた“Country House”。フィル・ダニエルズ不在(前回の来日の時はいた)ながらも「そんなの関係ない!」と言わんばかりに大レスポンスとシンガロングが起きた“Parklife”。ブラーらしい絶望ギリギリのヒューマニズムとロマンチシズムがあるからこそサビのシンガロングが映えた“To The End”。そして、そんな過去曲たちに混ざって入った新曲“Barbaric”が原曲の数倍増しで良くて、今後ライブの定番になるのを確信した。

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一度ステージから退場したデーモン。一体何が起きるんだろうと思っていたら、昔懐かしなデザインのFILAのジャージとレインボーフラッグ(LGBTQの尊厳と社会運動のシンボルとして作られた旗)を羽織って戻ってきた。その姿を目の当たりにして巻き上がる大歓声。そこから始まったのは彼らのアンセムの内の一曲、“Girls & Boys”だ。彼らを代表するアンセムが聴けることの喜びの感情と矛盾するかのように、心の中を、今もなお解決されていない現状があるジェンダー問題を歌う歌詞が訴えかける。


男の子みたいな女の子は
女の子になりたい男の子が好きだったり
女の子みたいに振る舞う男の子と遊んだり
男の子みたいに振る舞う女の子と楽しんだり
本当に好きって気持ちが大切なのさ

この曲を合唱しながら、僕はデーモンが言いたいことを考えていた。「本当はこのことは真剣に向き合うべきことだよな」と。けど「皆が真剣にそして前向きに話ができるようになったら、もっと幸せに近づくんじゃないか」とそんな自己完結をしながら、これもまたブラーなんだよと再認識できたこの4分余りの曲はとても尊くて、昂るテンションが肯定されたような気がした。

そんなファンの心の移り行きを読み取るかのように、あのドラムビートが鳴り響き始める…そう“Song 2”だ!「待ってました!」と言わんばかりに絶叫するオーディエンス!そして全部吐き出すかのように叫ぶ「Woo-hoo!」。ギッチギチのフロアの中でジャンプし躍る光景は、「僕らのライブ空間が戻ってきた」という実感が詰まっていた。それは、きっとたった2分という刹那的な時間に凝縮された興奮がそこにあったからだと思う。

ライブも終盤に差し掛かり、楽しい気持ちと寂しい気持ちが入り混じる中、僕の周囲にいたファンの表情は皆晴れ晴れとしている。そんなライブの終わりの始まりは、新作の中で最もドラマティックなバラード曲“The Heights”だった。前半の壮大でメロディアスでドラマティックな展開から一転、後半はグレアムのカオティックなギターとそのフィードバックノイズでブチっと終わる。そんな、いかにもデーモンとグレアムな楽曲に、新たな名曲との出会いの嬉しさと感動があった。

偉大なアーティストは、現在を生きつつ、温故知新の体現を繰り返す存在である。それを表すかのように“The Heights”から続いたのは、グレアムのドローンなアレンジのギターイントロから始まる“This Is a Low”だ。デーモンが歌い、グレアムのギターが鳴り響く中、シンガロングするオーディエンス。このステージとフロアが一体化するこの感覚を屋外スタジアムで味わえる日が来るとは。本当に感慨深い。

全力で歌い切った余韻に浸る中、“Intermission”でシーンチェンジしていくのだが、途中で鍵盤の演奏を間違えるデーモン。そんな空気を紛らわすかのように、突然意味不明な重低音コーラスを歌うメンバーたち。思わず笑顔が溢れるオーディエンス。そんなほっこりする空間も含めて「緊張と緩和」のあるブラーのライブらしさを象徴する、そんな瞬間だった。
そんなインターミッションが作った緩和の空気の中始まったのは、ブラーにとって特別な曲“Tender”。この日はいつもより気持ちブルージーなアレンジで、とにかく楽しそうに演奏するメンバーの表情が印象的。さらにスタジアムのあちこちでスマートフォンのライトが照らされ特別感が演出されたのだが、ブルージーなアレンジと妙なギャップがあってなんとも言えない違和感。だが、それはそれで面白かったのでヨシだ。
クライマックスへ向け、少しずつ寂しさが込み上げてくる中、新作から最初にリリースされた“The Narcissist”へと続く。ほぼグレアム不在だった『Think Tank』から『The Ballad of Darren』が埋めてくれたような感激をくれたこの曲を生で聴ける幸せ。まだリリースされて間もないのでシンガロングまでは起きなかったが、エモーション溢れるこの曲に体を揺らしながら聴き入るオーディエンス。その姿があるだけで今日は十分だった。

ライブのラストはもちろん“The Universal”だ。壮大なストリングスとホーンをバックに、遠くを見つめ黄昏るように歌うデーモン。両手を大きく広げサビを全力でシンガロングするファン。案の定、僕は涙してしまった。エンディングに向かう壮大なメロディ、そして琴線に触れる歌詞。毎回この曲を構成する全てに泣かされてしまう。僕が知る限りトップクラスの最高のクライマックスだ。


ここでは誰もが孤独じゃない、それぞれの家に衛星がある
世界はここにある、みんなのために
どの新聞を読んでも明日の運勢は幸運の日って書いてあるけど
ここが君の幸運の日

本当に、本当に、本当に起こりうるんだ
本当に、本当に、本当に起こりうるんだよ
日々の生活が君を追いつめてると感じた時は
放っておけばいいよ

放っておけばいい

どんなに綺麗な言葉を並べた歌詞も、本質を見抜いた言葉によって紡がれた歌詞には叶わない。僕はそう思う。だからこそ、デーモンの最後のMC「Thank you very much.」の言葉が深く染みた。

ファンの割れんばかりの大拍手の中、ステージ上ではデーモンとグレアムがハグし、最後はメンバー4人ともう1人男性が肩を組み合い、深くお辞儀をした。
会場には、そのもう1人男性に対して「誰?」みたいな空気も流れていたが、もし彼が新作タイトル『The Ballad of Darren』にも名が入っているDarren(ダーレン)(※)本人だったとしたら、なんともブラーらしいユーモアのある最高の終演の形だったと思う。

(※)彼はメンバーとの古くからの友人で、ブラーのライブにおけるセキュリティ担当をしていて、コアなファンからは「スモギー(Smoggy)」と呼ばれている。ちなみに今回のツアー物販には彼の顔がプリントされたスモギーTシャツも販売されていた。

このレポートの初めに、「『The Ballad of Darren』は『13』以降につながる継承作品である」とデーモンの言葉を拝借して書いたが、この日のライブは、まさにその言葉の通り、グレイテスト・ヒッツ的でありながらも、新作の世界観(The Ballad=誰にもある物語)も十分に感じられる内容で、文字通り最新版のブラーが表れたセットだった。

僕らは、彼らの曲を聴きながら、ブラーのそして僕らの生きてきた時代を行き来しながらも、そこにはあるブラーならではのアイロニカルなまでのかげりを感じながら、それを僕らは2023年現在の視点で見て、体験し、考え、それぞれの結論と感想をこの日も心に残した。
今日のライブが、僕らが観たブラーのライブ史上最高のものだったかどうかは、まだわからないけど、ここで得た体験は明日、明後日、来週…来年と刻々と“自分の物語“として変化していくに違いない。だから、来年の今頃、このライブのことをどう思い出すのか、今はそれを楽しみにしたい。

<セットリスト(ライターメモ)>
01. The Debt Collector
02. St. Charles Square (new song)
03. Popscene
04. Beetlebum
05. Goodbye Albert (new song)
06. Trimm Trabb
07. Villa Rosie
08. Coffee & TV
09. Country House
10. Parklife
11. To the End
12. Barbaric (new song)
13. Girls & Boys
14. Advert
15. Song 2
16. The Heights (new song)
17. This Is a Low
18. Intermission
19. Tender
20. The Narcissist (new song)
21. The Universal

Text by Shuhei Wakabayashi
Photo by ©SUMMER SONIC All Copyrights Reserved.