COLDPLAY | 東京 東京ドーム | 2023.11.06

25年をかけ紡がれ続けた愛の物語

コールドプレイ、6年半ぶりの来日公演は東京ドーム2デイズ。円安の影響で洋楽アーティストのライブチケット代が高騰してきている中にあって、チケットは2日とも即日ソールドアウト。日本の音楽業界のガラパゴス化は、徐々に緩やかになってきているものの、実際に洋楽アーティストが東京ドームのチケットを売り切ったという事実はシンプルに凄い。ライブ当日、かなり早い時間に会場に行ったのだが、ドーム前にはすでにたくさんのファンが詰めかけていた。その客層はびっくりするぐらい若くて、おそらくサブスクやSNS経由でザ・チェインスモーカーズやBTSとのコラボ曲をきっかけに聴きはじめたと思われるが、何キッカケであれ若い世代にもコールドプレイの音楽が響いてると思うと、古参ファンとしてはとても嬉しい。もちろん、僕も含め初期から聴いているであろうファンや、“Viva La Vida”あたりから聴き始めたと思われるファンもいただろうけど、世代間で分断されてる感じは不思議としなくて、皆が同じような感覚でフラットにコールドプレイを楽しみにきているような感じがした。

Photo by Shuhei Wakabayashi

今回の『Music of the Spheres World Tour』は、前回の『A Head Full of Dreams Tour』を遥かに超える”史上最大級”の一大スペクタクルライブだ。それは単なるエンターテインメントのスケール拡大ではなく、人間の五感をフルに刺激・解放するような感覚的に楽しむというもので、閉塞感のあったコロナ期を経て、ポストコロナ期の幕開けを象徴するライブツアーと言っても過言ではないのではないだろうか。

今回のツアーのさらに凄いところは、ライブツアーが100%再生可能エネルギーで運営されているところにある。再生可能エネルギーを効率的に使用できる電気バッテリーシステム(ライブの照明、音響、レーザー光線、炎のエフェクトなどに利用)をはじめ、BMWと共同開発されたリサイクル可能なモバイル充電式のショー用バッテリーや、会場内に設置された蓄電エリア(そのエリア内で運動するとエネルギーが蓄電されるキネティックエリアやペダルを漕ぐことで蓄電されるパワーバイク)によって作られた蓄電運動エネルギーなどの再生可能エネルギーをフルに使って、ライブの全電源供給を実現させた。前回ツアーでも使われたコンピューター制御によって発光するリストバンド「ザイロバンド」も植物由来の材料で作られたものへとアップデート。ツアーの移動手段に関してもなるべく飛行機を使わないルートが組まれたり、セットの地上における輸送手段に関しても電気自動車やバイオ燃料に限定されたりと、とにかく徹底されている。そんなバックグラウンドがあってのこの『Music of the Spheres World Tour』は間違いなく“史上最大級”にサステナブルなライブツアーだ。

そんな今回のライブは全4部構成となっていて「主人公(この世に存在する全ての人類)が未知の世界を旅して、その地で新しい何かを学び、帰ってくる宇宙の旅路」というコンセプトの下、展開していく。各部のテーマは、第1部が『PLANETS(宇宙への旅立ち-惑星)』、第2部が『MOONS(月)』、第3部が『STARS(星)』、最後の第4部が『HOME(故郷)』となっていて、世界観のベースとなる『Music of the Spheres』の曲と、そこに加わる過去楽曲から“新しい解釈”を得ることによって、物語の解像度を上げ、それが彼らの集大成となるライブ作品を完成へと導く。

Photo by Shuhei Wakabayashi

オープニングアクトのYOASOBIのステージが終わり、すっかり温まった東京ドームのオーディエンス。それほどYOASOBIの楽曲やサウンド、パフォーマンスが素晴らしく良かったということなのだけど、それと同じくらいコールドプレイとの親和性の高さが感じられたのがこのライブのオープニングとしては大きかった。オープニングアクトとメインアクトの相性や親和性がばっちり合うことってなかなかなくて、多くが“点”と“点”で終わってしまうことが多い。けど、この日のYOASOBIからコールドプレイという流れは明らかに“点”と“点”が“線”に繋がっていた。それは、コールドプレイがBTSやザ・チェインスモーカーズなどとのコラボレーションで国境を超えポップ・ミュージックで繋がった──そんな感覚に近くて、そういう意味ではYOASOBIのライブもまた今回のライブコンセプトである「宇宙」の一部になっていたと感じられたし、文字通り『Music of the Spheres World Tour』の幕開けにふさわしいオープニングアクトとなった気がする。

そして、YOASOBIからバトンを渡されたコールドプレイのライブがもうじき始まる。オーディエンスの感情がYOASOBIの満足感からコールドプレイへの期待に移り変わっていくのが、自分の心の動きから重ねて感じられる。昂る期待、さぁ宇宙旅行の幕開けだ!

Act. I. PLANETS(宇宙への旅立ち – 惑星)

ジョン・ホプキンスの“Welcome”をBGMに今回のサステナビリティを紹介され、『E.T.』のテーマ曲が流れ始めると、スクリーンに映し出されたのはバックステージにいるメンバー4人の姿。クリス・マーティン(Vo/Gt/Pf)、ジョニー・バックランド(Gt)、ガイ・ベリーマン(B)、ウィル・チャンピオン(Dr/Per/Vo)。結成から25年間1度も変わることなく活動してきたこのメンバーたちが、穏やかな表情でスタンバイしている姿を見るだけで、ファンとしてはグッとくるものがあった。しばらくして、バックステージから移動を始めたメンバーが、メインステージ(※1)後方にあるCステージ側からグラウンドに現れると、会場は大歓声に包まれる。そのまま客席を通ってセンターの花道からメインステージへ向かい、大気圏を抜けて無重力の宇宙へと誘うイントロナンバー“⦵ (Music of the Spheres)”でライブの幕が上がった。

(※1)本ライブのステージセットは、ドームのバックスクリーン側にあるメインステージ、グラウンドの中心にあるセンターステージ(Bステージ)、メインステージの対角線上にある小さなステージ(Cステージ)の3ステージで構成されている。

『Music of the Spheres』屈指のアンセミックで高揚感に満ちたナンバー“Higher Power”から始まったライブ本編は、すぐさま会場に放たれた大量の紙吹雪や惑星がデザインされたバルーンの大量発射に、オーディエンスのテンションは急上昇、大歓声が巻き起こった。SF風なサウンドの広がりを感じられる曲風も相まって、気持ちよさそうにダンスするオーディエンス。この曲で「君にはもっと崇高な力があるんだ!」と僕らに自信のエネルギーを振り撒いたあとは、イケイケの流れそのままに始まった、エレクトロ・ディスコ・ファンクの“Adventure of a Lifetime”。コールドプレイ流ファンクの有期的グルーヴがオーディエンスを思いっきり踊らせ、ラスト「ウーフー!」のコール・アンド・レスポンスも気持ちよく決まった。

そんな「人間の新たな人生の冒険の始まり」を告げた“Adventure of a Lifetime”のあとは、「これから旅立つ先にある“楽園”に希望」を歌う“Paradice”と続いていく。原曲アレンジから少し装いを変え、若干テンポが緩くなっていたり、曲を通じて抑揚が作られていたりと、リリースされた2011年当時よりもグッと熟成されていて、自然に揺れる体に感じる心地よさも一層増していた。そんな緩やかな流れから、揺れる体をゆっくりスロウダウンさせるように初期曲“The Scientist”へと続いていく。「この科学者(The Scientist)は、地球に今ある事実に対し、宇宙で新しい真実をどう導き出そうとするのだろう?」そんなことを考えながら、スクリーンを見ると、まるで宇宙の暗闇に近づいていることを表現するかのようなモノクロフィルタを通して映し出されるメンバーの姿が映っていた。すると、それまで映し出されていたスクリーンのメンバーの映像とサウンドが逆回転再生され、まるで宇宙(そら)へ旅立つ移動表現を演出しているようだ。

Photo by Shuhei Wakabayashi

Act. II. MOONS(月)

ドームの中央に設けられたセンターステージで展開された「月」を舞台とした第2部。暗転状態から照明がつき、第2部のスタートを飾るのは“Viva la Vida”だ。「(未知の空間に飛び立った自分たちに対し)人生をより素晴らしいものにするには変わる強い意志も必要」と歌うこの曲。イントロが流れた瞬間に上がる大歓声と、曲全体を纏うカタルシスのあるバロックポップサウンドとオーディエンスのシンガロングに、曲に込められた原色がパッと弾けた。続くコールドプレイ流R&Bソング“Hymn for the Weekend”では、降り注ぐ紙吹雪と、まるでオーディエンスを賞賛するような照明の演出の中、ステージ全体を使ってパフォーマンスするクリス。「宇宙から見たら、今ある不安や悩みなんてちっぽけさ。だって近くに君たちがいるから。だから大丈夫なんだよ。」と歌い、ドームを高揚感に包んだ。

そんな温かさは、中盤のハイライトへと繋がっていく。センターステージでのクリスのソロパート。ファンが各々掲げたメッセージボードに一つ一つ答えていったクリスは、その中から1組の親子を選び出しステージに招き入れた。その二人が掲げていたメッセージは「天国にいる私の主人のために“Everglow”を演奏して!」。クリスは自分が座っている椅子に二人を寄り添うように座らせ、ピアノの弾き語りで“Everglow”を歌った。「人間の形ではなくなっても、温かい感情(感覚)は残ってるから。宇宙(Universe)になったお父さんもきっと見てるよ。」と母親に語りかけたクリス。昔から変わらぬ彼の優しさの溢れた言葉に、変わらないでいてくれる嬉しさからホッとした気分が込み上げてきた。ちなみにこのパート、2日目は「大切なママのために“O”を歌って!」というメッセージボードを掲げた親子に向け、“O”を歌い、娘さんは大粒の涙を流していた。このドームには様々な思いを持ったファンたちが来ていたと思う。ピックアップされた2組の親子のように愛を胸に抱いて来ている人もいれば、大小関係なく苦しみを抱えた中で来ていた人もいたはずだ。クリスは、そんなファンたち全員には無理かもしれないけれど、少しでも愛を注ぎたかったに違いない。

これは自分なりの解釈だが、この第2部『月』は「月から見た宇宙と地球、そして月にもある陽の当たらない暗闇の部分、それらから見えてくる一筋の光」について歌っていると思っていて、クライマックスの“Charlie Brown”から“Yellow”の流れの中には、視点を変えたそれぞれの「希望」が歌われていた。“Charlie Brown”では、「月の暗闇の場所にいる人」のメタファーとして「真っ暗な辛い状況にいる人」への希望と光が多重コーラスとリズム隊が生み出す高揚感の中で歌われていたし、“Yellow”では、地球上よりも遥かに綺麗に輝いて見える星空を指し「そこに広がる君のための星空は、地球から見えるものと同じものなんだよ。だから、地球にいても星を見上げていれば、きっと涙は流れないはずさ。」という希望の言葉として「一筋の光」が歌われていた。さらには、琥珀色(Yellow)に光る照明やザイロバンドによって作られた空間の中で生まれた、オーディエンスのシンガロングも相まって、より一層「希望の光」が輝いた。

Photo by Shuhei Wakabayashi

Act. III. STARS(星)

今まで僕らが故郷である惑星から見上げてきた、夜空に光る「星々(恒星や太陽光が当たって光って見える惑星全て)」。宇宙に旅立った僕らは、その「星々」を旅して、そこに存在する様々な物事や普遍的なものについて歌う、まさに『Music of the Spheres』のコンセプトそのままの第3部『星』は、新作の楽曲と既存の楽曲の組み合わせによって、宇宙と地球、未来と過去の対比を演出していく。

第3部のオープニングは「Oooo Ooooo…」という包容力のあるイントロコーラスで始まる“♡ (Human Heart)”からスタート。最初に降り立ったその星で出会った地球人と宇宙人が、お互いの「愛とその表裏一体に存在する傷つきやすさ」について、クリスとエイリアン・パペット・バンド「ザ・ウィアードズ(※2)」のヴォーカル、エンジェル・ムーンが二人寄り添いながら歌い上げる。そこに、曲の穏やかさを最大限に引き出すオートチューンを効かせることで、会場には穏やかで温かいサウンドスケープが生まれ、オーディエンスに癒しの瞬間を与えていた。

(※2)メンバー構成はエンジェル・ムーン(Vo)、スパークマン(Gt)、ドンク(Dr)、ザ・ウィザード(Key)。パペット(人形)のため、演奏中は黒子が操っている。

そこからシームレスに始まった“People of the Pride”では一転、まるでミューズを思わせるようなインダストリアル・ビートのヘヴィー・ギター・ロック・サウンドをバックに、クリスはステージ上をエネルギッシュに躍動、この星にも存在する差別に対して「お互いを尊重しあい、一緒に旗を掲げ上げれば、きっと一つになれるはずなんだ」と力強く歌った。曲の途中、ファンから渡されたレインボーフラッグ(LGBTQの尊厳と社会運動のシンボルとして作られた旗)を大きく全身を使って振る姿は、この曲に込められたメッセージと相まって印象的なシーンとなった。

もはや世界レベルで有名になったピアノリフが印象的な初期楽曲“Clocks”では、クリスの力強いピアノリフとヴォーカル、そしてメンバーの演奏それぞれの融合が「目の前のリアルな辛い問題にも向かい合うことも必要なんだ。向き合ったその先に“大切な人”や“故郷”という“希望の光”があるんだ」というメッセージのエネルギーを会場の空間に押し上げる。

と、ここまであらゆる形の「愛」や「希望」が歌われてきたが、そんな流れの中で際立っていたのが“∞ (Infinity Sign)”だった。発光するエイリアンのマスクを被って登場したメンバーたち。アシッドなクラブアレンジのエレクトロナンバーに乗って、花道でダンスしまくるエイリアン(クリス)が「人種間にある悲惨をなくす戦いを辞めてはいけない。もし光と陰が揺れ動いて涙が流れても、生命は躍動し脈を打ち、そしてその涙はやがて滝(美しい地球)になるんだから。」と僕らに伝える。そのメッセージはサウンドと歌詞も相まって一見ポジティブなようにも聞こえるが、クリスの着ていたTシャツに記されていた言葉/アルバム発表時に残されたメッセージ「Everyone is an alian somewhere(誰もがどこかでは宇宙人だ)」が頭をよぎった瞬間、「人種間にある悲惨をなくす戦いを辞めてはいけない」という歌詞をどこか否定するようなものを感じて、人類として何を真として捉えたら良いのか考えさせるものがあった。

けれど、そんな複雑な気持ちを晴らすように始まったのが、ザ・チェインスモーカーズとのコラボ曲“Something Just Like This”だった。空間系のエフェクトが効いたアップリフティングなEDMサウンドの中、「人種の違いを超えても一番求めているものは同じということを理解するんだ。」と、前曲で感じてしまった「どちらかがどちらかを疎外しているんだ」皮肉感が、クリスの物悲しげながらも希望にも満ちたヴォーカルによって「救い」に変えてくれたのだ。

数々の惑星を渡ってきたこの宇宙旅行も、終わりに近づこうとしている。そんな予感を感じさせる“Midnight”。『Ghost Stories』では内省的に歌われていたこの曲が、ライブでは「何万キロも故郷から離れ、嵐に身を委ねながら、それでも前へ進んで行くんだ」という前向きな意志と共に次なる旅立ちへのインタールードとなって鳴り響く。曲のアレンジが原曲の180度反対を行くバッキバキのアシッド・エレクトロなアレンジという過剰さには若干面食らった部分はあったが、過剰に演ることで曲にある意志を強く表現したかったというクリスの思いを思い浮かべるとしっくりきてしまうから不思議だ。

“Midnight”の静かな意志は、新たな旅立ちへの決意表明となった。その意志を繋ぐのは「きみは僕の宇宙だ」と高らかに叫ぶBTSとのコラボチューン“My Universe”だ。アップリフティングな四つ打ちエレクトロにファンク/R&Bが絡み合う幸福感溢れるこの曲は、人類にとっての大きな可能性だ。世界中に様々な分断がある中で、自分たちのやり方で世界を一つにしようとする(分かりやすく区別するために敢えてこの言葉を使うが)“ロック・バンド”のコールドプレイと、現代のメインストリームど真ん中を行くポップ・グループのBTS、国境もジャンルも越えた2組のグループと会場にいるオーディエンスによって「きみは僕の宇宙なんだ」と歌い合うその光景は、「人々の心を一つにする大きな可能性」そのものだ。曲に合わせるようにステージ両サイドの円形スクリーンの中で歌うBTSのメンバーのホロ映像も、MVで表現されている「惑星は離れていても同じ場所で一緒に歌っている光景」を彷彿とさせ「僕らは離れていても一緒なんだ」というメッセージに強い説得力を持たせていた。

会場がひとつになった感覚と余韻が残る中、矢継ぎ早に始まったのは第3部『星』のクライマックスとなったアヴィーチーとのコラボチューン“A Sky Full of Stars”。アップテンポでアヴィーチーらしいEDMのサウンドが取り入れられたこの曲では、歌い出しからシンガロングが発生。そのままテンション上げっぱなしで行くのかと思いきや、途中で演奏を止めさせ、「みんな、スマホをオフにしてポケットにしまってくれないか」と促すクリス。続けて「今度は皆と一緒に心を込めて歌いたい」と口にした。それは人間をスマホ(ネットワーク)で繋げるのではなく、直接繋げるてほしいという願いだった。演奏再開すると大きなハンドクラップと大シンガロングが改めて生まれ、サビのEDMパートで一気にオーディエンスのエモーションが弾ける。会場全体に光るザイロバンド。あちらこちらでジャンプしてはしゃぐオーディエンス。アルバムにも記された記号に見えるライティング。そして大量の紙吹雪が発射され、そこには満天の星が煌めく希望に満ちた光景が生まれていた。

Photo by Shuhei Wakabayashi

第3部『星』、宇宙で獲得したのは「君への想い」「故郷への想い」そして「自分はこうありたいという意思」であり、「こういう風に僕は生きたい」と思わせる人それぞれの何かだった。特に“∞ (Infinity Sign)”から“My Universe”、“A Sky Full of Stars”の怒涛の流れは、新作のテーマ「宇宙」を軽く超えてくような「超宇宙」といっても言い過ぎではないカオティックな世界を作り出した圧巻の展開で、そんな宇宙の旅で抱いた思いをより確固たるものにする、そんな空気を作り上げていたような気がする。

そして、僕らは故郷である地球に戻っていく。ストリングスが美しく重なり響く“Sunrise”が流れる中、メインスクリーンに映し出される日の出をバックに、ルイ・アームストロングの“What a Wonderful World”のスピーチが流れる。

Louis Armstrong
「俺には、世界はそんなに悪くない、と思えるんだ。俺が言いたいのはね、世界は素晴らしくなる、そう思って行動すればってこと。愛だよ、愛。それが秘訣さ。」

“Sunrise”に込められた無言のメッセージが、古人の言葉を通して深く染み入ってくる。そして今目の前にある「故郷」への扉を開けていく。

Photo by Shuhei Wakabayashi

Act. IV. HOME(故郷)

“Sunrise”が終わると暗転し、続きを求める大歓声の中、メンバーはドーム後方に設置された「Cステージ(メンバーと楽器が入ってちょうどいいぐらいのサイズ)」に移動していた。そんなCステージでの1曲目は初期の代表曲“Sparks”。原曲にあった漠然とした不安感は「戻ってきた地球(故郷)にあったのは変わらぬ現実世界。そこで僕は君はどう生きればよいのだろう、という漠然とした不安感」へと変わり、原曲に近い音数の少ないアシッド・フォークのまま静かに奏でられた。そして“Sparks”の曲終わりのMCにクリスの口から語られたのは、世界中で起こっている過酷な現状とそこで苦しんでいる人々のこと。そして僕らへの願いだった。

「世界中で起こっている色々なトラブルや酷いこと。抑圧や迫害、テロリズム、虐殺…、そんなことは信じてない。必要なのはお互いを愛し合い、お互いに優しくして、サポートし合うこと。僕たちにはみんな同じような浮き沈みがある。もし誰かがもがいていたら、僕たちは全ての愛と優しさをその人たちに送りたいんだ。だから、それぞれの辛い背景から心も体も傷ついている人たち、誰でもいいから、みんなが愛を必要としていると思う人に愛を送って欲しいんだ。なので10秒間、やってみよう。準備はいいかな?手をこう(ハート型に)して。音は出さずに。いいかな…(静寂)…OK、みんなありがとう。」

この時間、『Music of the Spheres』が持つ、アップリフティングな楽曲の側面と同居する、人類が持つ優しさ(Humankind)が見えたような気がした。

愛を送った10秒間のあとは、BTSのJINとコラボしている“The Astronaut”のセルフカバーがアコースティックバージョンで披露された。そこには『Music of the Spheres』と連なる世界があり、恋人や夫婦同士の「二人の宇宙」の話、「愛」の話、そして「二人の心を一つにする」話、それらが詰まっていて、会場に温かく優しい空気を作り上げていた。中には僕の目の前にいた肩を抱き合う夫婦もいて、その後ろ姿と重なって聞こえてくる曲にさらにグッとくるものがあった。曲のアウトロではメンバーを紹介しながら送り出し、最後は自然発生した手拍子の中、クリス一人でアコギ弾き語りで歌い切った。

ライブ終盤、迎えたクライマックスの曲は、灯火と柔らかな火花が飛び散るスクリーン映像と、会場中に光るザイロバンドの灯、そこに清らかなオルガンの音が鳴る“Fix You”だ。あらゆる悲しみや畏れ、そして孤独を振り払う救いの言葉が、ドラマティックに描かれていくこの曲で、ジョニーの優しく爪弾かれるギターに合わさるクリスの声がどこまでも優しく響き渡る。徐々にエモーションが湧き上がる間奏後のコーラスパートでは感涙のシンガロングが起こり、「救い」は必ずあるんだということを共に歌う。「このどうしようもない世界でも“救い”はあるんだ。そんな世界で例え涙が止まらなくなったとしても“救い”はある。そのことさえ見失わなければ僕らは家に帰れる。そして、また元気になって歩き出すことができるんだ。だから心配いらないよ。」シンプルで優雅なメロディーと救いの歌詞は、「場所も人種も全てを超えて人々をひとつにする」感動的なアンセムとして、僕らを優しく包み込んだ。

『Music of the Spheres World Tour』日本公演の初日、その締めは、コールドプレイがザ・ウィアードズとメインステージ上でセッションする“Biutyful”だった。高らかなエンジェル・ムーンのヴォーカルから始まるこの曲で、エンジェル・ムーンとクリスはまるで会話をするように「人の美しさ」についてポジティブな言葉で歌いあう。「君が僕を愛してくれるのなら / 僕は世界のてっぺんにいる気分 / それは本当に美しい」トロピカル・ハウス調のエレクトロ・ポップなサウンドに乗せて、畏れや孤独を振り払い自己肯定感を獲得していくこの曲のなか、会場内にまるで僕らを包み込むように紙吹雪が舞い、美しい空間を作り上げた。前回のツアーのような大団円とは違ったが、確かに温かく包容力のあるピースフルなエンディングとなった。

今回のライブのストーリーを構成していた四つのパート「PLANETS(惑星)」「MOONS(月)」「STARS(星)」「HOME(故郷)」。そのうち最初の三つのパート名にはそれぞれ複数系の「S」が付いていた。それは主人公が「僕」と称した「人類全体」のことを指していて、その人たちそれぞれの「惑星」であり「月」であり「星」が存在するからなんだろうと考えた。しかし、最後のパートだけは「S」がついていない単一の「HOME」だった。それはおそらく、この旅の中で愛や希望を得て最後に戻ってくる場所は、それぞれにたったひとつしかない「故郷」だから──。

Photo by Shuhei Wakabayashi

今年で結成25年を迎えたコールドプレイ。5thアルバム『Mylo Xyloto』以降、彼らは当時の概念としての“ロック・バンド”の範疇を越えて、世界的な“ポップ・バンド”へと進化を遂げた。ただ、そこにはポジティブともネガティブとも捉えられる世界観的インフレがあって、一部古参ファンの中には「自分の好きだったコールドプレイは居なくなってしまった」と感じた人もいたんじゃないかと思う。けれど、彼らが25年かけて到達した「宇宙」に見出していたのは、バンドがずっと変わらずに持ち続けていた「温かさ」や「優しさ」そして「愛」だったのだ。

琥珀色の地球儀が置かれた薄暗い部屋から始まったこのバンドが、その♡ (Human Heart)は変わらず、25年の月日を経て宇宙の域まで到達した。宇宙まで来た彼らが次にどこへ向かうのか?今分かっているのは、クリス曰く「(アルバムは)12作で終わる」ということと、現在制作中の10作目となる新作のタイトルが『Moon Music』であること、あとは2日目に披露されたバンドサウンドを軸にしたアシッドなエレクトロナンバー(似たアレンジの“∞ (Infinity Sign)”と“Hymn for the Weekend”から続いていたから、もしかしたらオリジナルは違うかも?)新曲“Aeterna”が出ていること、それら3つのみ。新作のタイトル名『Moon Music』から推測できるのは『Music of the Spheres』の続編として、「故郷」に戻って生まれた感情を月に重ねて描くような作品になるのか、もしくは『Everyday Life』『Music of the Spheres』の物語を完結させ、コールドプレイの新たなチャプターとして描かれる作品になるのか…。いずれにしても、僕らは彼らを信じて待つのみ。今はライブで得た幸福感の余韻に浸ろう。

<セットリスト>

■ Act. I. PLANETS
01. ⦵ (Music of the Spheres)
02. Higher Power
03. Adventure of a Lifetime
04. Paradise
05. The Scientist (with “Oceans” in intro)
■ Act. II. MOONS
06. Viva la Vida
07. Hymn for the Weekend
08. Evergrow (with fans / on b-stage)
09. Charlie Brown
10. Yellow
■ Act. III. STARS
11. ♡ (Human Heart)
12. People of the Pride
13. Clocks
14. ∞ (Infinity Sign)
15. Something Just Like This (The Chainsmokers & Coldplay cover)
16. Midnight (Blue Moon Tree Remix)
17. My Universe (Coldplay X BTS song)
18. A Sky Full of Stars
19. Sunrise
■ Act. IV. HOME
20. Sparks (on c-stage)
21. The Astronaut (JIN cover / Acoustic ver. / on c-stage)
22. Fix You
23. Biutyful (with The Weirdos)
24. A Wave (outro)

Text by Shuhei Wakabayashi
Photo by Teppei Kishida