Mac DeMarco | 恵比寿 LIQUIDROOM | 2018.1.22

愛と笑いとおびただしいビールの夜

「〜〜せねばならない」とか「〜〜でなければならない」という呪縛から最も遠い場所——それが都心で45年ぶりの大雪に見舞われたこの日の東京の街に現れた。もしかしたら「え〜い、もう帰宅困難になってもいいからMac DeMarcoを見たいんじゃ!」という半ばヤケクソな気分が日常という呪縛を解いてくれたのかもしれない。

さて、オープニングアクトはMac自ら前回の来日時にお気に入り認定されたトリプルファイヤーである。ニューウェーヴ的なクールネスとミニマルなファンクが掛け合わされた隙間だらけの演奏と“ザ・日常”な吉田の歌。Macとのスプリット7インチにも収録された“Jimi Hendrix Experience”ではひときわ歓声も大きくなったり、些末に思える用事だが、それを成し遂げたことを歌う「銀行に行った日」では、フロアから「えらい!」というエール(?)が飛ぶ。音楽性は違っても、トリプルファイヤーの描く世界も「〜〜せねばならない」からは遠く、Macのファンからも歓待を受けていた。

お待ちかねのMac DeMarcoは、釣りをする人が着用するようなベストにしこたまビールを突っ込んで登場。バンドはキーボード、ドラム、ベースとギター兼サンプラー担当の4人。ごくごく何気なく新作
『This Old Dog』収録の“On the Level”からふんわりとスタート。立て続けに人気曲“Salad Days”をプレイし、シンガロングが起こる。どの楽器も過度の主張をしてないのに、ちゃんとバンド・アンサンブルとして成立している見事さよ! バンドマンなのだろうか、若い男の子が「このバランスができないんだよ」と、割と大きな声で言ってるのが聞こえた。

その後も新旧のナンバーをバランスよく配し、ライブはどんどん進む。またよほどお気に入りなのか「北斗の拳」のケンシロウのセリフ「お前はもう死んでいる」を自ら言ったり、サンプラーで出したり。サンプリング担当は他にもマイケル・ジャクソンおなじみの声などなど、何かとMacのMCに合いの手のごとくツッコミを入れていた。加えて、ドラマーがマイクを持って「ブレイキングバッド」のストーリーをが突発的に語り出したり、外国人オーディエンスをステージに上げて、彼に背面ダイブをさせたり……。しかし一旦、演奏が始まると極上のメロウネスやポップネスが流れ出し、何よりMacの美声が心身を音楽の豊かさでひたひたにしてくれるのである。爆笑につぐ爆笑と、ふっと一人でいる時のような感慨に浸れる“This Old Dog”や、とろけるような切ないような“My Kind of Woman”の美しさに聴き惚れる。

日常から自然と染み出した音楽の豊かさ。一見フリーキーなMac DeMarcoだが、こういうギグをワールドツアーが成立するスケールで彼はやっているのだ。
ちょっとグダグダしたりしつつも、20曲近いセットリストで2時間20分に渡るボリューミーなライブを展開した彼。ありきたりな表現だが、まさに人間力のなせる技である。

すっかり様変わりした白い世界もむしろ楽しくて、ホクホクした気持ちで帰路に着いた。

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Text by Yuka Ishizumi
Photo by Keiko Hirakawa