ひとりひとりに手渡しされる歌
開演時間前から、ライブは始まっていた。熊谷にあるCDショップ、モルタルレコードで吉野寿がソロ・ライブを行うのは、3回目。14時半の開場時間の5分前。吉野は思いつきで、1Fに置いてあったアコースティック・ギターを、店長の山崎さんから借りた。試し弾きを少ししてから、2Fのライブ会場に持ち込み、観客が入場してくるあいだ、床に座ってギターの弾き語りをしていたのだった。いつもはiPodで流しているBGMのかわりの生演奏。贅沢な時間だった。”プカプカ”から”静かなる隣人”を弾き終えたころ、開演時間の15時を10分まわり、吉野はギターを持ち替える。
吉野の右側の壁には、前回のモルタルレコードでのライブで吉野が壁に貼り、いまはかなり色あせてしまっているMuddy Watersの写真、そして背後にはこの日吉野が新たに持ち込んだ、Rahsaan Roland Kirkの写真が貼ってある。
「ここから先は地獄です」と宣言するや否や、吉野は勢いよくギターを鳴らし、「バリーン!」と目が醒めるような音色が空間に響き渡る。「面白いことはここには何ひとつない。ただ耳障りな音楽と、耳障りな音声があるだけです。あらかじめご了承いただきたい」と前置きしてから、前編が始まった。
足元に広げられた歌詞の印刷されている冊子をめくりながら、次に演奏する曲を選んでいくスタイルは相変わらず。この日は”片道切符の歌”がアレンジやキーを変えて歌われたり、休憩を挟んだ後編の1曲目に”呼んでいるのは誰なんだ?”が演奏された。この曲がソロで歌われるのは、初めてではないだろうか。向井秀徳アコースティック&エレクトリックの”猫踊り”が始まれば歓声が飛び、吉野も「この歌、うたうの好きでね」と返す。吉野が星野源と共作した、”たいやき”を聴けたのが嬉しかった観客もいたことだろう。
ハイライトは前編ラストの”ソンゲントジユウ”、アンコールの”夜明けの歌”だった。”ソンゲントジユウ”はほぼ絶叫しっぱなしの凄まじいサビ、一転して呻きにも似たハミングから、一言一言刺さるような語気のモノローグへの流れがドラマチックで、吉野の表現力の幅広さに圧倒された。”夜明けの歌”は、観客にフロアのスペースを開けてもらい、照明と椅子をそこへ移動させ、開演前に弾いていたアコースティック・ギターで演奏された。アンプを通したギターの音色より小さな音だったが、より近い位置で、吉野が歌を観客ひとりひとりに手渡ししているように見えた。
確立されたスタイルは維持しつつ、あたらしい試みも盛り込まれた2018年初のライブだった。次のライブは3月10日(土)、京都にある映画館、みなみ会館で行われる。outside yoshinoと共演するのは、映画『幕末太陽傳 デジタル修復版』(川島雄三監督、1957年、35mm)だ。チケットは本日(2月10日)より発売されている。吉野のアイデアがその場で自由に実行されるのも、吉野がイベント主催者のオファーを受けて、他にはない面白い企画が生まれるのも、ouside yoshinoならではの魅力と言えるだろう。
— set list —
捨てて生きる / 片道切符の歌 / 故郷 / 月の明かりをフラフラゆくよ / 浮き雲 / 青すぎる空 / ファイトバック現代 / 猫踊り / ソンゲントジユウ
呼んでいるのは誰なんだ? / 矯正視力〇・六 / ナニクソ節 / 泣くんじゃねえよ男だろ / デクノボーさん / 念力通信 / たいやき / 化粧 / ズッコケ問答 / 万雷の拍手
— encore —
夜明けの歌
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