官能的な世界観に捉われることのないクリエイティヴ
開演前から既にRhyeの世界観を体験しているかのような気分に浸っていた。BGMにはMax Richterのアルバム『From Sleep』の楽曲。ステージには既にチューニングを終えた楽器たち。降り注ぐ暗くも穏やかな照明。そして、冷ややかでも温くもない空調の風。そんな空間は…まるでヨーロッパの「間で語る」映画のようで、台詞もない歌詞もないその空間に物語を作り上げているようだった。そんな空間が「大文字の愛」ではなく「日常に存在する普通の男女の愛」を綴るようなRhyeの歌詞世界と通じていて、開演前ながら思わず感動してしまっていた。
この日のバンドは、ギター、ベース、キーボード、ドラムス、バイオリン、チェロ兼トロンボーン、そしてRhyeことマイク・ミロシュの7人編成。この編成で、ライヴで生演奏することを前提に作られたという新作『Blood』と、いわゆるベッドルーム・ミュージックとして作られたデビューアルバム『Woman』が、どう交わり、どう空間に混ざり合っていくのか、最初の一音が奏でられるその瞬間まで期待感が止まらなかった。
そんな期待感の中で始まったライヴのオープニング曲は”3 Days”。原曲とは異なるスムースジャズをベースにしたサイケでAORなアレンジに驚きを隠せないオーディエンス。しかし、原曲のフレーズが少しずつ顔を出し、やがてアルバムの世界観とライヴならではの余白のある空間がオーディエンスに馴染み始めると、僕らの体は静かに動き始め、気がついたらグルーヴを感じるように踊っていた。
続くは、原曲の芯に小さく揺らめいているグルーヴが引き出された彼の代表曲2曲である“Please”と“The Fall”。”Major Minor Love”では、若干原曲よりスロウなテンポで始まり、間奏でのバイオリンと小さな歪みを効かせたギターから一気に解放、サイケやシューゲイザー風味なアレンジが曲に刺激を与え、更なる広がりを持たせていた。
と、ライヴは”Rhye”というアーティストの持つ官能的で色気のあるイメージに決して捉われすぎることなく、マイクが今ライヴで表現したいこと、オーディエンスに感じてもらいたいことを表現するためのアレンジに変わっていた。それは、中盤以降にプレイされた彼の代表曲たちでも、しっかりと表現されている。
“Last Dance”では、中盤までの緩めのファンクフレーズから一転後半にかけて強いグルーヴを持ったアレンジに展開。オーディエンスのダンスにも緩急をつけさせていた。そして“Count To Five”では、原曲のアレンジを踏襲しつつも、曲の持つ流れのある振幅の小さいグルーヴを引き立てるためのアレンジが際立っていた。それは、AORライクなギターソロへの流れだったり、各パートによる大セッションからのピアノとマイクのヴォーカルのみの静かなフェードアウトの流れに顕著に表れていたように思う。
抑揚のあるライヴで温まったオーディエンスの身体をまるでチルアウトさせるような”Open”。緩やかなグルーヴ流れからの、ピアノとストリングスが作り出す緩やかなメロディラインはひたすらに心地よく、温まった身体に深く染み入っていった。そして曲のラストは、マイクの伸びのあるコーラス、歪みのあるヴァイオリンの音色、小さく刻むベースのリズムが重なりながらフェードアウト。この曲の一連の体験が、今の彼のライヴを凝縮させたもののような気がした。
アンコールなしのラストは“Song For You”で締め。じんわりと身体に染み入るイントロ。スッと心に入り込んでいくマイクのヴォーカル。ライヴの終わりを身に感じながら、最後は彼のアカペラとそれに応えるオーディエンスのシンガロングで終演を迎えた。「君の心を感じるよ、ベイビー・・・君の痛みを感じてる」。この最後の掛け合いは、彼が作品で表現してきた”愛”を共有するような体験だった。
Rhyeのライヴの魅力は、原曲の持つ官能的な要素や艶やかさの間に確かに存在する”違和感”にあると思う。その”違和感”をライヴで抽出することによって聞き手の琴線を刺激する。ここで言う”違和感”とは、マイクが『Blood』で表現していた”サイケデリック(そこにない色彩やヴィジュアルが、目の前に立ち現れて来るようなサウンド)”なサウンドのこと。僕も含め、会場にいたリスナーの多くが、”そこにない色彩やヴィジュアル”を会場のライヴ空間に感じていたのではないだろうか。
<setlist>
3days
Please
The Fall
Major Minor Love
Softly
Last Dance
Waste
Count To Five
Phoenix
Taste
Stay Safe
Open
Hymn
Hunger
Song For You
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