橋の下世界音楽祭 SOUL BEAT AISA 2018 | 愛知 豊田大橋下 千石公園 | 2018.06.01

橋の下に現れた音楽の街

いったことある人の熱量がすごかった。毎年、初夏におこなわれる橋の下世界音楽祭が近づくと、自分のSNSではTLが騒がしくなる。そして祭りが始まると楽しげなコメントや写真、動画が次々と上がってくるのだ。今回、たまたま休みのタイミングが合ったのでいくことにした。東京から新幹線で豊橋まで。名鉄を乗り継いで昼前に豊田市駅に着いた。

豊田市は名前の通りトヨタ自動車の企業城下町で、周りがのどかさを感じる田園地帯でも、この駅に着いたところで風景が一変。駅前はそこそこ栄えていて、綺麗な通りに新しそうな建物が並ぶようになっている。

その駅から綺麗な通りをずっと歩いて約15分、豊田スタジアムが近づく。サッカーやラグビーで使われる巨大な建物だ。その手前に黒川紀章が設計した白く優美な曲線を持つ豊田大橋がある。駅から豊田スタジアムまでの間でトヨタの経済力をまざまざとみせつけられるのだけど、その巨大な橋の下に街が作られているようなフェスが橋の下世界音楽祭だ。

今回は6月1日から3日間おこなわれた。自分は初日を始まりから夜まで、2日目は昼だけ滞在した。フェスが好きな人、音楽が好きな人には自信を持って勧められるフェスだといえる。

会場の雰囲気は、フジロックに例えるなら「場外エリア+オアシスエリア+苗場食堂+フィールド・オブ・ヘヴンを足して4で割り、朝霧JAMを掛けた感じ」だ。和風で手作り感溢れるステージに、数年前のフジロック場外エリアでたくさんのダメ人間を作り出した、みんな大好きカドヤをはじめとする飲み屋、フィールド・オブ・ヘヴンや朝霧のムーン・シャインにでているようなお店のテントの数々が並んでいる。1日目の夕方になっても設営が終わってなさそうなところもあった。

このフェスは入場ゲートで入場料を取ることもないので、全国各地からフェス目当てで集まってくる人、地元の子どもからおじいさんおばあさん、学校帰りの高校生、仕事帰りのサラリーマンまで多種多様な人たちがいる。ただし、決して無料のフェスというわけでなく、フェスの運営にはお金がいるので、来ている人たちに投げ銭を呼びかけている。2000円以上の投げ銭でオリジナルの手ぬぐいがもらえる。

メインの客層はフィールド・オブ・ヘヴンにいそうなフェス好きとパンクスが目立つ。金曜は、まるで初回(2001年)の朝霧JAMのように、それなりにお客さんはいるけど、混雑なく快適に過ごせた。土曜はさすがにかなりの人出。フジロックのヘッドライナーが終わったあとのオアシスエリアみたいな混雑というか。ざっと金曜の3倍くらいはいたと感じた。

ライヴのステージ、飲食テント、物販の他に、踊りや整体などさまざまなワークショップがある。演劇や落語など音楽以外のプログラムも盛りだくさん。子ども向けに縁日ぽいところもあるし、普通に近所のお祭りとして楽しめるのだ。

金曜日、ライヴは12時くらいに始まる。何がどこでおこなわれるのかは、インターネット上での発表はなく、当日配られる「新聞」で知るしかない。その新聞のテレビ欄の体裁をとったタイムテーブルだけが情報源だ。

まずは橋の下の横丁ステージ脇で「ぬ組木遣り」が始まる。木遣り(節)は古来から日本に伝わる労働歌。半纏を着て、アカペラで全員で唱和したり、ソロで歌ったりする。それからステージでの演奏が始まった。タイムテーブルはゆったりとしていてステージ間の距離もさほどないので、急いで観て回るようなフェスではない。櫓では地元の人たちの盆踊りがおこなわれてユルい地域のお祭り感があった。会場をのんびり巡りながらみているうちに、主催者・タートルアイランドのアコースティック編成であるALKDOが始まっていた。ALKDOはクラッシュの「レボリューション・ロック」を「エボリューション・ロック」と替え歌にしていて、自分は豊橋から乗っていた電車の中で『ロンドン・コーリング』を聴いていたので、気持ちがアがった。

櫓でおこなわれたRITTO×HIKARU×KOYOは、MCとDJとサックスによるヒップホップユニット。沖縄出身のMCが櫓の上から煽り、サックスがフリーな感じで鳴ったり、ムーディーにしたりと変化を付けていたのが面白かった。横丁ステージでのRotary Beginnersは、モーターヘッド直系のハードに疾走するバンド。迫力あってよかった。

そして1日1回、もしくは2回おこなわれる「練り歩き」は30分くらい会場中をお囃子などが巡るものでお祭り感が高まる。練り歩きが終わった直後、1番大きなステージ、といっても朝霧JAMのムーンシャインくらいの大きさである本丸ステージで演奏したT字路sが非常に盛り上がっていた。その後、草原ステージに移動する。元たまの知久寿焼が弾き語りをおこなう。小さいテント型のステージを前に、お客さんたちは芝生に座ってゆったりと聴いている。いきなりヒガシマル醤油『うどんスープ』のCMソングで始める。「あとは全部暗い曲やります」といって、夕暮れの矢作川の河原に似合う哀愁漂う歌が流れていた。たまのときの「らんちう」も披露され、非常にすばらしいステージだった。

そしてこの日のハイライトは羊歯大明神。元スターリンの遠藤ミチロウ(Vo)、山本久土 (ギター、コーラス)、頭脳警察の石塚俊明(パーカッション、コーラス)、渋さ知らズの関根真理 (ドラムス、コーラス)から成るバンドは、アコースティックなのに迫力十分の演奏でさまざまな民謡を歌う。「ソーラン節」や「ドンパン節」「会津磐梯山」などのみんなが聴いたことある曲から、後半にスターリン時代の「ロマンチスト」や「ワルシャワの幻想」まで日本の風土に根ざしながらパンクアレンジで演奏し、パンク好きなお客さんたちの盛り上がりはすごかった。日も暮れて暗くなっても橋の下は賑わっていて、まだまだ続いているけど、宿を名古屋市内にしたので会場を離れた。

土曜日、午前中は名古屋市内で大学野球を観たあと会場に向かう。自分の知り合いは、やはり土日に来る人が多く、昼だけ顔だして全国各地から集まる友人に会い、乾杯することにした。金曜よりもはるかに人が多く賑わっていた。新しく友人が来る度に乾杯していたので、ついつい酒が進んでしまい、最後にはかなり酔っ払って振り返ればよくあんな状態で名古屋駅までいって新幹線の券を買って乗ることができたなと思うくらいだった。

天気もよく、金曜日は混雑してなかったので、飲み物も食べ物もすぐ買えたし、トイレも多く、あまりストレスを感じなかった。金曜に関してはごみも散らかることなかった。会場にごみ箱がなく、買った飲食店に紙食器を戻せばよく、自分で持ってきたもので発生したごみは自分で持ち帰ることになっている。このやり方で土曜日や日曜日にキレイなままであったかどうかわからない。どうしてもフェスではごみや参加者のマナーの問題はついて回るけど、自治体からの助成金もなく、地元の人たちの熱意で成り立っているフェスは、主催者だけでなく、祭りを楽しむ側にも支えるという自覚が必要になる。それが上手くいけばよいのだけど。

この素晴らしいフェスを体感すると、苗場移転以降のフジロックが撒いた「地元の自分たちで楽しい祭り」を作ろうという種のなかで、橋の下音楽祭は商業的でない側面での到達点なのかもしれないと思った。

オフィシャルサイト

Text by Nobuyuki Ikeda
Photo by Nobuyuki Ikeda