膨大なエネルギーを放つライヴ・ミュージックのボルテックス
テキサス州オースティン。サウス・バイ・サウスウェスト(以下SXSW)の開催地であるこの街は生きている。今年の3月17日から22日の6日間、SXSWに参加して感じたことだ。毎日夜中の2時まで町中で鳴り響くライヴ・ミュージックを軸として、この街は熱のこもった膨大なエネルギーを発していたように思う。また年を追うにつれ肥大していくSXSWをしっかりと抱きとめ、訪れる音楽ファン、ミュージシャンたちに最高の時間を提供できるよう最善を尽くす。このオースティンの懐のあたたかさに、一音楽ファンとして感謝と敬意を抱いた。
初めて参加したSXSWはとにかく巨大で、奥が深く、果てしなかった。そして何より音楽愛と熱狂に満ち溢れていた。出演アーティストは2200を越え、市内のライヴ会場も100を越えるという規模の大きさにはまず圧倒される。しかしSXSWの面白いところは、規模は巨大であるにも関わらず、一つ一つのライヴが行われるステージは小規模であるところだ。無論フジロックでいうグリーン・ステージのような大きいステージもあるにはあるのだが、ほとんどの会場は小規模で、中には収容人数が100人に満たないようなライヴハウスも多い。SXSWの魅力は多々あるが、手を伸ばせば触れるほどの距離の近さで、さまざまなアーティストが繰り出すライヴ・ミュージックの熱気を感じられることこそが最大の魅力なのではないだろうか。
海外での知名度はあるけれど、なかなか来日が実現しないようなインディーバンドや、世界各国から集まる新人アーティストをチェックできるのもSXSWならでは。せっかくSXSWに来たのに日本でも見られるようなバンドを見ていてはもったいない。プレス用に配布されるポケットガイドを眺めては、アンテナにひっかかるバンドを簡単にリサーチして自分用のタイムテーブルを作成。それに従って連日連夜ライヴハウスからライヴハウスへと渡り歩いていたら、毎日平均して13km以上も歩いていたのには驚いた。またタイムテーブルを作ったからといって、予定通りにライヴが見られるわけではない。会場を間違えて素敵なアーティストのライヴに遭遇したり、親しくなった出演バンドの勧めで新しい音楽世界に触れたりすることもあった。SXSWはどこでどう転んでも楽しませてくれるのが素晴らしい。
ロック、ヒップホップからエレクトロポップ、ルーツ・ミュージックまで、多種多様な音楽に包まれるSXSWを一言でまとめるのは不可能だが、この音楽祭終了後に発表されたゲルケ・プライズ(Grulke Prize)は、今年のSXSWのハイライトをよく表していたように思う。2012年に亡くなったSXSWのクリエイティヴ・ディレクター、ブレント・ゲルケ氏にちなんで、もっとも素晴らしいパフォーマンスをしたアーティストに贈られるゲルケ・プライズが発表されるのは、今年で3回目。アメリカ国内部門では、サム・クックの再来とも噂されるレオン・ブリッジスが受賞し、アメリカ国外部門では、 オーストラリア出身のSSW、コートニー・バーネットが受賞。ベテランアクト部門では、キャリア20年以上を誇るロックバンド、スプーンが受賞している。レオン・ブリッジスやコートニー・バーネットは間違いなく今年のSXSWでもっとも注目度の高かったアクトで、実際に会場のあちこちでその噂を耳にした。本当に素晴らしいアーティストなので、今後の活躍が楽しみである。
帰国後はしばらくの間、軽い“フェス後うつ”状態の中、すでに来年以降のSXSWのことばかり考えていた。規模が巨大で一度では把握しきれないフェスティバルであるだけに、もっと見たい、もっと感じたいという欲求を掻き立てられるのだろう。そして何よりSXSW特有のライヴ・ミュージックの熱気にすっかり魅せられてしまったのだ。巨大な生き物のようにエネルギーを放つ オースティンの街を再訪する日が待ちきれない。