BOOM BOOM SATELLITES | STUDIO COAST | 2017.06.18

きちんと終わらせた

ブンブン・サテライツが「FRONT CHAPTER – THE FINAL SESSION – LAY YOUR HANDS ON ME SPECIAL LIVE」と題してライヴをおこなうことに関して、どのようにやるのか、いろいろ憶測を呼んだ。亡くなった川島の追悼ライヴであることは確かだけど、不在の川島をどうするのか。ゲストとして他のヴォーカリストを迎えるのか、川島の音声に同期させて生演奏をかぶせるのかとか、川島の姿をどうするのか、スクリーンに映すのか、ホログラムのようにするのか。今の技術を駆使すれば、ある程度どのようにもできる。川島の不在を埋めるのか、それとも感じさせるのか。

自分はライヴ当日、大阪にいるので、新木場スタジオコーストにいくことはできない。代わりに映画館でライブビューイングをおこなうということで、梅田ブルク7で観ることにした。映画館は8割くらいの入り。30代くらいの男女が多い。ライヴ中は静止画の撮影は許可されていたのでスマートフォンを掲げる人も多い。拍手は起こっていたけど、立ち上がって観る人もいなくてゆったりとライヴを体験できた。それゆえに、ステージ前のモッシュピットで直に音を浴びるのと違って少し客観的な視点からみることになった。カメラワークはいろんな角度からで、ステージから客席に向いたものもあった。画質はもうちょっとよければ、とか立川のシネマシティのような音響で聴きたかったとかも思うけど、まずはリアルタイムで観ることができたので感謝。

19時になると、スクリーンにスタジオコーストのフロアが映しだされた。フロアを埋め尽くしたお客さんが手拍子をして登場を促している。ほどなくして客電が落ちてスクリーンはまばゆいばかりの光に満ちあふれ「レイ・ユア・ハンズ・オン・ミー」が鳴りだした。歓声が上がる。確かに川島の声が聴こえる。フロアとステージの間にある薄い膜のスクリーンを光が舞い、跳ねることで、川島が光と一体となったことをあらわした。

サウンド面では中野を中心に、後期はずっとサポートしていたドラムの福田洋子、サポート・ギター山本幹宗がステージにいる。もっとずっと川島の映像がでるのかと思ったけど、なるべく抑えられ、スクリーンには中央に立てられ、誰も使わないマイクスタンドが何度か映しだされていた。

「モーニング・アフター」や「キック・イット・アウト」はいつものようなカッコよさ。「ブラインド・バード」は上空から都会の夜景を見下ろす映像で川島の魂が空を浮遊しているようにも思える。スケールの大きな「ステイ」、そして過去の映像がコラージュされた「ナルコシス」には、2005年のフジロックでの映像もあった。

ブンブン・サテライツのライヴというより中野による川島の追悼、きっちりとバンドを終わらせるという中野の意思が貫かれたものだった。ブンブン・サテライツは中野と川島の2人のバランスの上に成り立っていたということを痛感するライヴだったわけで、ひとりが旅立ってしまった以上、これは中野の川島に捧げたソロライヴだったと思う。

武道館ライヴのときの「最後に、ひとこと言わせてください。言いたかったことがあります……ブンブン・サテライツでした!」という川島の声が流れて本当に終わってしまったことを実感し、中野が万感の思いを込めて「あなたたちが、僕と川島くんが一番大切にしてきたもので、そして誇りです。これからも、僕たちが作った音楽を大事にしてください。本当にありがとうございました」と語りライヴを締めくくった。なおも拍手をするお客さんたち。終了のアナウンスが流れて上映も終わった。館内が明るくなると号泣している女の人が何人かいた。

思うのはきっちりとバンド終わらせるというのはどんな形であれ幸せだったということだ。ちゃんとファンに別れの挨拶ができないバンドの方がはるかに多い。その中で満員のスタジオコーストで演奏して、そして自分のように全国各地の映画館でリアルタイムで観ることができた。確かにそこには悲劇があった。続けられなかった悔しさもあっただろう。だけど、少なくともあのライヴの時間は幸せだったと思いたい。

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Text by Nobuyuki Ikeda
Photo by  LIM Press