BON IVER | 東京 Zepp Tokyo | 2020.1.21&22

東京にできた『i,i』というコミュニティ

アメリカ・ウィスコンシン州出身のシンガーソングライター、ジャスティン・ヴァーノン率いる音楽集団、ボン・イヴェール。昨年リリースされた最新アルバム『i,i』は彼ら史上最高傑作と言っても過言ではない作品だ。前作『22, A Million』は、ジャスティンがグラミー賞受賞の名声という果てしなく大きいものと対峙した、不安やアイデンテティの崩壊から抜け出す過程が描かれた内省的な作品であった。対して今作は、バンドメンバー、マネジメント、エンジニア、ダンサーなど、アルバム制作に関わったすべての人たちの持つ、多種多様な音楽言語の力が歓喜と希望そして幸福に満ちたコミュニティ・ミュージックへ結実した作品である。

そんな彼らの4年ぶり2度目となる来日単独公演が、1月22日と23日の2日間、Zepp Tokyoで行われた。今回の公演はアジアツアーのラストを飾る公演で、チケットは2日共ソールドアウト。SNSを見るとチケットを求めるファンが大勢いて、その注目度の高さが伺えた。

今回のアジアツアーのステージセットは、アメリカツアーで組まれていたフルセットのものより縮小されていたものの、サークル状に配置されたメンバーのポジションはそのままだった。そんなステージに『i,i』のオープニング曲“Yi”をイントロにしてメンバーが登場。今回のバンド編成は、前回の来日公演よりグッと人数を絞った6人編成。とはいえ、ジャスティン・ヴァーノン(Vo/Gt/Key)と盟友ショーン・キャリー(Dr/Key/Gt/Per/Vo)をはじめ、『i,i』を制作したコアメンバーが揃っての編成で、そこに彼らの「本気」を感じた。

スロウテンポなイントロからスタートした“iMi”は、ジャスティンの柔らかいヴォーカルワークとマイク・ノイスのヴォーカル・サンプリング、そしてマイケル・ルイス(Dr/Sax)の際立つサックスが相まって、フロアの温度をジワりと上げる。不穏な細切れサンプリングからダウナーにアレンジされた“We”、リズミカルに刻まれるシンセが原曲の聖なる雰囲気に良きエッセンスを加えていた“Holyfield,”と続き、ここから初日と2日目で違う展開を見せていった。

この2日間のセットリストはそれぞれ異なる構成で、初日は『i,i』を中心とした構成、2日目は新作を中心としつつもオールタイムな選曲で構成されていた。ただし旧作の曲は原曲を再現するだけではなく、それぞれの作風の軸を保ったまま、『22, A Million』以降に得たテクノロジーを使い、『i,i』の幸せや喜びの方向を向いた世界観を纏ったものとして表現されていたように思う。

その点で分かりやすかったのは、『i,i』と対極の位置にあるアグレッシブでエッジの効いた『22, A Million』からの曲だった。“666 ʇ”ではエレクトロの硬質さとギターやドラムの生演奏、そしてジャスティンのルーズめなヴォーカルワークも相まってニューモードに順応していたし、“715 – CREEKS”、“____45_____”、“33 “GOD”に関しても、オートチューンを駆使したり、特徴的なリズムビートを持っていたりと、無機的に感じる部分もあったが、ベースにはオーガニックなバンド演奏があったおかげで音のすべてが“生”を感じさせるものになっていた。

『i,i』からは2日間で全13曲が披露され、それぞれの曲がさらに活きるようなアレンジで演奏されていた。ドラマチックなメロディの間に硬質なギター音を差し込むことで、楽曲の柔らかさを際立たせていた“Faith”。新作屈指の泣きメロディを持つ“Salam”では、ポストロック風味のドラミングとブルースロックなギターの絡み合うアウトロが最高だった。“Hey, Ma”では、バンドサウンドをベースにして、口笛のサンプリングを入れてみたり、原曲にあるサンプリングパートをちょっと過剰めに使ってみたりと、変化があって全く飽きのこない展開を作っていた。

極め付けは、本編ラストの方に組みまれた3曲。これがまた素晴らしかった。ジャスティンとマイケル・ルイスのサックスにフォーカスを当てて会場の空気を一変させた“Sh’Diah”。唾しぶきを上げながらエモーショナルに歌い上げるジャスティンの姿には多くの歓声が上がっていた“Naeem”。『i,i』の締めの曲でもある“RABi”では、今作でジャスティンがおそらく究極的に言いたかったであろうこと「自分自身(“i”)を愛し、その上で自分以外の誰か(“i”)を信頼しシェアしあうことで、僕らの世界(”We”)が存在するんだ」。この概念を、ジャスティンは僕らに語りかけるように優しく穏やかに歌い、圧倒的な喜びと温かみをもたらしていた。

2日間行われた公演のオーラスは、ジャスティンが自分自身を見失いどん底から這い上がるキッカケともなった『22, A Million』のオープニング曲“22 (OVER S∞∞N)”だった。このアルバムは、曲名に記号を使っていたり、音にもアグレッシブな表現(サンプリングを切り刻みやヴォーカルにかかったディストーションなど)があったりと、従来のボン・イヴェールの曲のイメージをぶち壊した、間違いなくターニングポイントとなった作品である。そして『i,i』を語るには『22, A Million』のプロセスは必須であり、これまでのキャリアを総括する意味でもこの曲で終えることには価値があったように思える。

─ ジャスティンはアルバム『i,i』に関してこう語っている。「このレコードのタイトルは、君や僕にとってどんな意味があるのか─というそれを意味するんだ。それは人のアイデンテティを解読したり、または強化することを意味するとも言える。または、どれだけ自分が大事なのか、またはどれだけ自分が大事ではないのか、そして僕らみんながいかに繋がり合っているのかを意味するとも言えると思う」。非常に広義かつ抽象的な言葉ではあるが「人と人が関わりあう上で生まれるなにがし」という勝手な解釈をしてみると、今回のライブの光景に<アルバム『i,i』の構造>が見えてくる。会場にいる様々な価値観を持った人たちが繋がりあうためにある歌、演奏、歓声、拍手・・・。そこには、様々な「i(私)」と「i(私)」が存在していて、それらが繋がって「We(ぼくら)」が在るのだ。

<セットリスト(初日)>
1. Yi
2. iMi
3. We
4. Holyfields,
5. Lump Sum ※初日のみ
6. 666 ʇ
7. 715 – CREEKS
8. U (Man Like)
9. Jelmore
10. Faith
11. ____45_____ ※初日のみ
12. 33 “GOD”
13. Marion ※初日のみ
14. Perth
15. Salem
16. Hey, Ma
17. Skinny Love ※初日のみ
18. 8 (circle) ※初日のみ
19. Sh’Diah
20. Naeem
EN1. Holocene
EN2. Blood Bank
EN3. RABi

<セットリスト(2日目)>
1. Yi (intro)
2. iMi
3. We
4. Holyfields,
5. Heavenly Father ※2日目のみ
6. 666 ʇ
7. 715 – CREEKS
8. U (Man Like)
9. Jelmore
10. Faith
11. Towers ※2日目のみ
12. Blood Bank
13. Hey, Ma
14. Perth
15. Salem
16. Holocene
17. 33 “GOD”
18. Sh’Diah
19. Naeem
20. RABi
EN1. Flume ※2日目のみ
EN2. Creature Fear ※2日目のみ
EN3. 22 (OVER S∞∞N) ※2日目のみ

Text by Shuhei Wakabayashi
Photo by Naoki Yamashita