より親密で在るために人間的(リアル)だった初日
バンド史上最もオープンな感情が表れた最新アルバム『Being Funny in a Foreign Language(邦題:外国語での言葉遊び)』。「人々が真に求めているのは、テクノロジーをそれほど必要としない優れたものだ」というマシュー・ヒーリー(Vo./Gt.、以下マット)の言葉に象徴されるような、楽曲至上主義ポップソング満載のこのアルバムは、バンドを原点に立ち戻らせつつも、避けて通ることはできない現在(いま)というフィルタを通した最高のアルバムだ。このアルバムコンセプトを軸にした<At Their Very Best(最高の状態=ベストヒットショウ)>と題された今回のツアーは、そんなオープンな感情が表れた抑制の効いたアルバムと、これまでのメロディやストーリーテリングにフォーカスされたものになっている。
しかし、このアルバムが完成して、ツアーが始まり、そして今回の来日公演に至るまでの道のりは全くもって平坦なものではなかった。これまでもマットはSNSやメディアにおいて物議を醸す言動を残すことが多々あった。それ自体、古参ロックリスナーの自分としては「また、言ってるな」ぐらいの感覚だったが、2010〜2020年代を真ん中に生きる人たちには、そういった言動が直接的に受け止られても致し方ない環境にある。
そんな時代背景があっての今年2月10日。ブラックジョークや皮肉満載なトークを展開するのが売りのポッドキャスト番組『The Adam Friedland Show』にマットが出演した。この番組で、マットが日本人などを揶揄するトークに加担したとしてネットは炎上。( ポッドキャストに関する記事 ) 彼にはそんなコメントに対する説明を求める声が多く上がった。しかし、正直なところ、この炎上に対して、僕は大きな違和感を感じた。その理由に関しては後に書くが、それから間もなくして、音楽友達から「(来日公演)行くのどう思う?」という相談があった。僕は「全然気にすることないよ。絶対に行ったほうがいい。」と即答した。
そう即答した理由は、マットが“親日家”であると信じていたから。でなければ、コロナ禍におけるツアー再開の地として日本(2022年のサマソニ)を率先して選んでくれないだろうし、マット自身が唇に「wabi sabi(侘び寂び)」とタトゥーを入れている事実だったり、自宅に「日本の禅風の庭」を作っているのもそうだ。人間である以上物事に対して100%偏見がないことなんてないし、加えて、そこまでする人が果たして日本のことを“心から”悪くいうのだろうか?というのが即答の理由の根幹にある。
前置きが少し長くなったが、そんな中で迎えた今回の来日公演だ。 昨年のサマソニから始まった<At Their Very Best>ツアー。この8ヶ月で彼らがどう変化を遂げたのか、一挙手一投足に絶対的な意味があるに違いないと思って、これまで以上に感覚を研ぎ澄ませライブに臨んだ。今回ぴあアリーナMMでの2公演のレポートを2本に分けて出そうと思う。ぜひ2本合わせて読んでもらいたいと思う。
今回のツアーに於けるキーワードは「Atpoaim(A Theatrical Performance Of An Intimate Moment=親密な瞬間の劇場的なパフォーマンス)」だ。これは最近バンドが公開しているショート・フィルムのタイトル( episode1 / epsode2 )で、そこにある日常もまた劇場的(シアトリカル)なものとして表現されたものだ。
ライブはこのフィルムと似たトーンのカットから幕を開ける。エルヴィス・プレスリーの“Love Me Tender”をBGMに、ステージ上のスクリーンに映し出されるのはモノクロな映像。「Atpoaim」のテキストと、バックステージで待機するメンバーの生の姿。雑談したり、その場をふらふら歩いたり、なんでもない姿がそこに映し出される。時間になると、メンバーはその場を離れ、ステージへ向かう。その姿もまたカメラは映し出し、スクリーン上にリアルタイムに映し出される。ステージ上に現れたマットは楽器をセッティングし、曲を弾き始める…。というのが今回のツアーのお決まりの流れだ。
しかし、そんな本ツアーで特徴的だったオープニングシーンは丸々カット。彼らが歩んできた20年を曲でシンプルに振り返るようなもので、まるで新作やファーストアルバム『The 1975』にあったような内政的な雰囲気を感じるものだった。ライブ通しても、マシューはとても“素”なように見え、大きなアピール的な動きや演出も必要最小限で、いい意味で力感がないという感じ、MCも最小限だった。
そんな様子を見て感じた率直な違和感が「なんで、今日はこういうライブになっているんだろう?」だった。これまでの彼らのパフォーマンスは、彼らの中にあるパッションやエモーションを思いっきり発散するようなロックショウが多かったし、横浜の前々日に行われた東京ガーデンシアター公演を見た友人からもそれに近い感想を聞いていた。
では、この日のマットが、まるで素のように落ち着いている様子を見せていたのは何故だったのか?ポッドキャストの件に対する日本への謝罪?何かしらのイレギュラーごとがあったのか?と色々考えたが、一番自分の中でしっくりきたのは、「マットの素をリアルに見せることがあの日の彼らの中での最適解だった」という結論だ(シンプルにマットの気まぐれの可能性もあるが…)。そう考えると、本ツアーにおけるシアトリカルさを象徴する“オープニングのくだり”が丸々削られていたのはある意味腑に落ちるし、逆にあったら絶対に違和感を感じていたと思う。
客観的に見たら、ライブ自体盛り上がりに欠けるものだったかもしれないけれど、こんなライブ構成だったからこそ感じられるものが僕の中にはあった。お互い煽り合ったり、そこからアップリフティングな空間が生まれたり、いわゆるエキサイティングなライブの裏側にある、もう一つのライブならではの体験。例えば、これは若干抽象的だが(曲調こそ違えど)ジェイムス・ブレイクのライブに近いものを僕は感じた。メンバーやパフォーマンスの些細な変化に目が逝くようになり、そこから彼らの今の感情を読み取り、そこから展開される曲の意味合いを想像して感じる。
だからこそ、ライブ中盤のストレートな感情が語られる流れは、すごく染み込んでくるものがあった。これまで皮肉まみれな曲を歌い続けてきた彼がリアルでストレートに愛を綴った“I’m In Love With You”から、そんなストレートな感情の裏にある感情を吐露するような“Fallingforyou”という流れ。さらに、生死観とそこに紐づく愛観が生々しく語られる“About You”から、そこから連なる“En Counter“から“Robbers”への物語的な連続性など、彼らの現地点がこれでもかというほど伝わってくるこのセクションが、僕個人としてはこの日のハイライトだったような気がする。
ライブ全体を見てみてもとてもコンパクトなもので、約1時間40分程度と短めだったが、この日の構成にしか感じられないものがあった。
<セットリスト(4/26)>
01. Looking for Somebody (to Love)
02. Happiness
03. UGH!
04. Oh Caroline
05. Me & You Together Song
06. All I Need to Hear
07. If You’re Too Shy (Let Me Know)
08. I’m in Love With You
09. fallingforyou
10. About You
11. An Encounter
12. Robbers
13. Somebody Else
14. It’s Not Living (If It’s Not With You)
15. Sincerity Is Scary
16. Paris
17. Chocolate
18. Love It If We Made It
EN01. Be My Mistake (Matty solo)
EN02. The Sound
EN03. Sex
EN04. Give Yourself a Try