普遍に届いた男
先日、イングランド・プレミアリーグに所属しているマンチェスター・シティは2018-2019年シーズンの優勝を決めた。マンチェスターCの熱烈なサポーターであるノエル・ギャラガーは試合を観戦する姿、ロッカールームで選手と共にオアシスの”Wonderwall”を歌い喜ぶ姿がSNSで拡散されていた。その直後といってもいいタイミングでノエル・ギャラガーズ・ハイフライング・バーズが来日ツアーをおこなう。
会場である幕張イベントホールは、幕張メッセの隣にある9000人規模のホールでほぼ満員だった。アリーナも椅子が並べられていて座席指定のライヴである。ロビーではグッズ販売や、飲食の売店に長い列ができて混雑していた。開演予定時刻の19時30分すこし前くらいからドアーズの”Hello, I Love You (Adam Freeland Fabric Mix)”が流れて会場は暗転してメンバーが登場する。アリーナもスタンドも総立ちになり、バンドを迎える。まずは、新しいアルバム『Who Built the Moon?』から”Fort Knox”でライヴは始まる。
ステージ背後には大きなスクリーン、左右にもメンバーを映すスクリーンがあった。背後のスクリーンには、万華鏡のような抽象的なもの、レトロな映像、アメリカンコミックみたいなコミカルなものなどさまざまなものが映しだされている。バンドは、ノエルを中心にギターには元オアシス、元ビーディアイのゲム・アーチャー、ドラムはキング・クリムゾンにいってしまったジェレミー・ステイシーに代わって後期オアシスやビーディアイに在籍していたクリス・シャーロック、キーボードにはマイク・ロウ、ベース&バッキングコーラスにラッセル・プリチャード、キーボードとバッキングコーラスにジェシカ・グリーンフィールド、YSEÉという黒人女性がヴォーカルである。YSEÉはハッピー・マンデーズでいえばロウエッタ、プライマル・スクリームでいえばデニス・ジョンソンの役割みたいで、ヴォーカルの場面になるとかなりの存在感をだす(曲によってはステージから退く)。あと曲によってはホーンセクションが入り、ステージの上は賑やかであった。
ライヴの序盤は『Who Built the Moon?』からの曲を立て続けに演奏される。勢いのあるダンスナンバー”Holy Mountain”、畳み掛けるリズムの”Keep On Reaching”と会場を温めていく。
中盤には3曲続けてオアシス時代の曲。”Talk Tonight”、”The Importance of Being Idle”、”Little by Little”で特に”Little by Little”は切ないメロディが染みた。しかもゲムのギターソロが鳴ると「これオアシスじゃん!」と思ってしまうのだ。このプチオアシス祭りのあとには、アコースティックギターとピアノで演奏された”Dead in the Water”がすばらしかった。静かで美しい曲。ちょうどライヴの折り返し地点でグッと引き締める。客席からはスマートフォンのライトが灯されてたくさんの小さな光が揺れていた。
後半は、ハイフライング・バーズとしては代表曲といえる曲が続く。壮大なメロトロンのイントロが印象的な”Everybody’s On the Run”、ハイフライング・バーズ版の”Morning Glory”といえる”Lock All the Doors”、内省的な”If I Had a Gun…”、『Who Built the Moon?』につながるようなダンスナンバーである”In the Heat of the Moment”とバラエティ豊かである。
終盤もオアシス祭り。アコースティックで始まり徐々に盛り上げていく”The Masterplan”、合唱が起こった”Wonderwall”。しかもこの曲が終わると、マンチェスターCの優勝を祝うように”Campione”がアリーナから歌われて、ノエルもご満悦だった。そして本編ラストは”Stop Crying Your Heart Out”だった。今回、ノエルが取り上げたオアシスの曲は”Wonderwall”とアンコールで歌われた”Don’t Look Back in Anger”以外、いわゆるB面曲か後期の曲で、オアシスにはまだまだよい曲があるのだということを示したかったのではないか。
アンコールはソロの代表のひとつ”AKA… What a Life!”、軽快なオアシスの曲であり合唱と手拍子が起こった”Half The World Away”。そしてみんなが待っていた”Don’t Look Back in Anger”。アレンジがカントリーのバラードみたいにアーシーなものになってより味わいが深くなった。スポーツやさまざまな場面で使われる曲であり、さらに2017年のマンチェスターのテロで大きなものを背負う曲になってしまった。こうして名曲が立ち上がって成長し、歌い継がれていく姿を体験しているのだ。
そして最後はビートルズのカヴァーで”All You Need Is Love”。ビートルズの曲でもっといい曲あるだろうし、もっと格好いい曲があるだろう。格好をつけたいミュージシャンならまず手をつけない曲である。あまりにもベタで、あまりにもストレートなビートルズ入り口みたいな曲である。これをほとんどひねらずにストレートにカヴァーした。ノエルは”Don’t Look Back in Anger”と”All You Need Is Love”を並べることによって、もはや格好など気にすることもなく、「俺はこうしてクラシックな曲を生んだのだ」という自信、誇りを感じさせ心が震えたのだ。