【フジロック’24総括 Vol.1】それぞれのフジロックを語りたい/聞きたい

今回のフジロックも楽しかった。観ることができたライヴはよかったし、天候も大きく崩れることはなく、比較的過ごしやすかった。人は昨年より少ないのだけど、レッドマーキーのいくつかのアーティストは大盛況となって満員だったし、ホワイトステージのくるりなんかは身動き取れないくらい人が多かったので、「(人は)いるところにはいた」ということなんだろう。

Photo by 安江正実

まず、前提としてフジロックの会場は広い

これは何度か書いていることだけど、フジロックは広大な敷地に1日約3万人くらいの人がいてライヴも同時進行的におこなわれているので、それぞれのフジロック体験があり、観たものも、食べたものも、感じたことも違う。ピラミッドガーデンとオレンジカフェまでの距離は新宿から渋谷くらいある(ドラゴンドラに乗っていくサイレント・ブリーズを入れたらとんでもない距離になる)。「新宿でこんなことが起きた!」といわれても渋谷にいる人はそんなの知らないよ、となるしひとつの事象をもってフジロック全体を語ることなんかできない。

フジロックを「サヨク」のフェスという人がいて、今年のクラフトワークの演奏やアトミックカフェの出演者をみればそうした面もあるけれども、一方で椎名林檎とか浅井健一とかMISIAとか野田洋次郎が何万人も集めるステージにでる年があり、それもまたフジロックの一面である。フジロックにいったことがないのに「こういうフェスだ」と決めつけることはできない。

だからそれぞれのフジロックがある

自分は他の人のフジロックに限らずフェスのレポートを読むのが好きだ。どういう交通手段で来て、何を観て何を食べたか、どこに泊まったか、「えっ?この時間こっち観てたの?」とか「こんなところがあったのか、いけばよかったー!」とか発見がある。そのレポートも何万分の1でしかないし、だからこそ多くの人に何万分の1を語ってほしい。

今年のベストは曇ヶ原

今年の自分のベストは、初日に苗場食堂で観た曇ヶ原だった。プログレッシブハードフォークを自称する音楽性で、四畳半フォークの世界と70年代ブリティッシュロックが合体してとんでもない光景をみせてくれたのだ。自分は職場で「フェスいくんですか?けっこう陽キャなんですね」といわれることもあるけど、この苗場食堂に集まった者たちが発する暗黒なオーラは陰も陰、暗闇に救いを求める音楽もあるのだということもある。

会場に響いた”Merry Christmas, Mr. Lawrence”

ところで、そのときに曇ヶ原のキーボードのa_kiraは坂本龍一の”Merry Christmas, Mr. Lawrence”(戦場のメリークリスマス)を弾くところがあった。翌日のクラフトワークでラルフが坂本龍一を追悼するコメントを述べた後で”Merry Christmas, Mr. Lawrence”を演奏したのだ。クラフトワークが長いMCをおこなうことも、他の人の曲をカヴァーをするというのも異例のことであり、歴史的なステージとなった。また、土曜日の午後だったかボードウォークを歩いていてその途中にある木道亭に置かれた「森のピアノ」で”Merry Christmas, Mr. Lawrence”を弾いていた人がいたし、自分は観てないけど、オランダのバンドYIN YINも”Merry Christmas, Mr. Lawrence”を演奏したのだ。それぞれが昨年3月に亡くなった坂本龍一を追悼するという意味もあるだろう。苗場に導かれて奏でられた”Merry Christmas, Mr. Lawrence”は今年のテーマソングといってよいだろう。

みんなクラフトワークにつながっていく

今年のヘッドライナーは、クラフトワーク、SZAに代わってザ・キラーズ、ノエル・ギャラガーだった。キラーズはオアシスのライヴを観て結成したバンドであるし、UKのロックから多大な影響を受けている。その中には80年代のエレポップといわれるジャンルを含まれていて、そのジャンルのアーティストたちはクラフトワークに影響を受けている。さらにノエル・ギャラガーはライヴ本編の最後にジョイ・デヴィジョンの“Love Will Tear Us Apart”を歌って同じマンチェスター出身のバンドとしての敬意を示した。そのジョイ・デヴィジョンはクラフトワークも影響されたアーティストのひとつとして挙げている。つまり、今年のヘッドライナーは間接的にクラフトワークにつながっている。クラフトワークがシンセサイザーやシーケンサーを使う音楽ーーつまりは、ヒップホップやEDMなどの現在売れている音楽のほとんどに影響を与えているのはよく知られていることだけど、それ以上に深く影響力があることを実感したのだった。

まだまだいろんな面がある

さて、今年の前夜祭には、お笑い芸人のどぶろっくが登場した。フジロックにお笑い芸人が客として来ることはよく目撃例があるけど、ステージに立ったのは間寛平くらいだろうか。もちろん、2016年から青空寄席・筍亭で鈴々舎馬るこが落語をおこない、トミー冨岡などのレギュラーで出演する芸人はいる。前夜祭とはいえメインのステージで芸人が立つのは珍しい。そのステージは非常に楽しかったのだけど、ふと「これ、外国人はどのように聴こえているのだろうか」と思った。歌が上手い2人がアコースティックギターをかき鳴らしてきれいにハモっている。その歌に異常に歓声が上がる。歌詞の内容がわからない人たちからみると単にものすごく人気のあるシンガーたちだと思うのだろうか。それを考えるとその状況も込みで非常に面白い体験だった。それもフジロック。多くの側面があることは来てみないとわからない。

Text by Nobuyuki Ikeda
Photo by 井上勝也