ヒップホップの多様化をとらえたフジロック2018

ラインナップが反映する時代の“今”

苗場開催20周年となったフジロック・フェスティバル2018。今回は、“異例な”ラインナップが注目を集めた年となった。3日間のヘッドライナーのうち2日間にヒップホップ・アクトが選出されたのだ。フジロックには初期の頃からほぼ毎年のように何組かヒップホップ・アクトが出演しているが、それでも全体の割合からすれば少ないもの。フェス名にロックと名前についていることもあってか、これまでヒップホップ好きが通うフェスというイメージは無かった。これほどヒップホップの存在感が強い年は、エミネムやイグジビット、ニトロ・マイクロフォン・アンダーグラウンドらが出演した2001年以来のことだ。2001年といえば、日本でジャパニーズ・ヒップホップが初めてメジャー級ブームを迎えていた頃で、あの年は多くのヒップホップ・ヘッズがフジロックに訪れていたのを覚えている。そして2001年を上回るヒップホップ勢の多さとなった今回は、現代最高のラッパーと称されるケンドリック・ラマー、人気者ファレル・ウィリアムズ率いるN.E.R.D.、2018年前半にもっとも売れた男ポスト・マローンを筆頭に、日本からも5LACK、PUNPEEらが出演となった。2017年はアメリカでヒップホップとR&Bの全体の売上が初めてロックの売上を上回り、2018年前半もその勢いが拡大傾向にあるなか、日本を含め世界的にヒップホップ人気が高まりつつある時代の流れを見事に反映したラインナップではないだろうか。今回はそんな時代の“今”を目撃すべく、ヒップホップ・アクトを中心にステージを渡り歩いた。

N.E.R.D、ポスト・マローン… 新旧アーティストが魅せた音楽精神
27日(金)にグリーンステージのヘッドライナーを務めたN.E.R.D.は、キャリアを総括するようなベストヒットなセットリストで大観衆を盛り上げた。彼らは昨年に7年ぶりのニューアルバムをリリースしたばかりだが、ファレルのソロ曲やファレル&チャドによるザ・ネプチューンズのプロデュース楽曲をも含むパーティーセットで、改めてそのヒット曲の多さに圧倒された。ロックやファンクの要素を練りこんだヒップホップを、常に時代の先端をいく斬新なビートでネクストレベルへと押し上げる彼らの才能はやっぱり只者じゃない。ファレルがなんどもモッシュサークルやダイヴを煽ったこともあり、お祭り騒ぎなステージだったけれど、個人的にはN.E.R.D.が会場を盛り上げることを重視しすぎたせいか、肝心のパフォーマンスに物足りなさを感じたことが残念だった。もっと聴かせるようなラップ・パフォーマンスも見たかったと思う。

N.E.R.D | Photo by Ryota Mori

グリーンを後にしたその足で向かったホワイトステージでは、ステージ上にポツンと立ったマイクスタンドがポスト・マローンの登場を待っていた。ホワイトのトリを務めるにはあまりにシンプルなセットに見えたが、いざポスト・マローンがパフォーマンスを開始するとまったくそんなことは気にならなくなった。ラッパーと称されることが多いが、マイクを片手にラップし、歌い、アコースティックギターを披露するポスト・マローンは、ラッパーという枠に収まらないパフォーマンスでその才能を見せつけたのだ。全体的に“今”らしいゆるさが漂っているものの、その核にあるのはジャンルレスな音楽魂そのもの。自然体な佇まいから発される存在感が素晴らしかった。「Rockstar」や「Psycho」など歓声や歌声が観衆から上がる曲も多く、あの場にいた観客皆が満足できるステージだったと思う。

POST MALONE | Photo by Ryota Mori

稀代の才能ケンドリック、フジロックを制す
台風が接近したことで雨が降り始め、気温も下がった2日目のフジロックでは、スクリレックスがステージの最後にYOSHIKIと共演するサプライズもあったが、何と言っても注目が集まっていたのはグリーンステージのトリに登場した時代の寵児ケンドリック・ラマーだった。格段にメッセージ性の強いリリックでアメリカはもとより全世界から多大な支持を集め、ついには異例にもピューリッツァー賞まで受賞したケンドリックのステージは圧巻の一言に尽きた。決して大きな体ではないケンドリックだが、そこから溢れ出す規格外の存在感、一言ひとことに魂を込めた真摯なパフォーマンスは凄まじさを感じるほどで、言葉の壁を超えて見る者の魂を震わせた。ラップであるがゆえ、さすがにシンガロングは起きなかったが、「Alright」「HUMBLE.」に続き、アンコールにパフォーマンスした「All The Stars (with SZA)」では観客がライトを掲げながら歌メロを歌い、美しいラストを迎えた。

KENDRICK LAMAR

J-ヒップホップのパワーを体感した夜
さてヒップホップ的視点で見るフジロック2日目には、もう一つ目玉があった。5lack、プリンセス・ノキア、Chaki Zulu(DJセット)、PUNPEE(DJセット)と続く深夜のレッドマーキーだ。アカペラも織り交ぜつつメロウなラップを聴かせた5lackのステージではPUNPEEがDJを担当し、kZmやGrapperがゲストに登場するなど、会場を盛り上げた。続くニューヨーク発の次世代ラッパー、プリンセス・ノキアは、エネルギッシュなパフォーマンスでエモ・ラップを炸裂させた。彼女が“次世代”と言われるのは、元来セックス・アピールが強い傾向にあるフィーメール・ラッパーとは一線を画し、多様性やフェミニスト的なメッセージを等身大に表現するそのメッセージ性だ。 女性の声を代弁するようなパフォーマンスには胸が熱くなった。この後に続いたChaki ZuluのDJセットには日本ヒップホップ集団YENTOWNとともにスクリレックスが飛び入りしたり、お次のPUNPEEが先日の女性タレントスクープをネタに盛り込んだVJ&トークで笑わせたり、外で吹き荒れた猛烈な嵐をよそにレッドマーキーの夜は最後まで観客を楽しませてくれた。

5lack, PUNPEE | Photo by Ryota Mori

PRINCESS NOKIA

晴れ男アンダーソン・パークのエンターテイメント・ショー
ケンドリックと同様、高いレベルの熱量でステージを魅せながらも、ケンドリックが真剣味のあるダークさだったのに対し、明るい陽のエネルギーで観客を熱狂させたのは最終日のアンダーソン・パーク&ザ・フリー・ナショナルズだ。アンダーソンは満面の笑みを浮かべながら、ソウルフルに歌い、キレのいいラップをスピットし、超絶ドラミングを披露して、雨模様だった苗場の空をすっかり晴れさせてしまった。彼もまたファンクネスやソウルを飲み込んだヒップホップの体現者で、ジャンルレスな音楽の楽しみ方を観客に魅せてくれたように思う。最終日の大目玉は生ける伝説ボブ・ディランではあったが、アンダーソンをベストアクトに挙げた人も多かったのではないだろうか。
最終日はまた、セクシーな衣装と歌唱力で観客を魅了したカリ・ウチス、個性的なファッションでエモーショナルな歌声を響かせたサーペントウィズフィートなど、R&B/ソウル界隈の注目アーティストも堪能することができた。 ヒップホップを中心に見た3日間だったが、多様化、進化を続けるヒップホップのうねりを目撃することができたし、総合的に“今の音楽”という時代の流れを体感することができたように思う。

ANDERSON .PAAK & THE FREE NATIONALS | Photo by Ryota Mori

serpentwithfeet | Photo by Ryota Mori

今回のフジロックは済んでのところで苗場直撃とはならなかったが、台風の影響で2日目の夕方から3日目の昼間にかけて強風と大雨に見舞われ、一時は3日目の開催すら危ぶまれた。雨には慣れているフジロッカーも今回の風の強さには若干の恐怖を感じたのではないだろうか。キャンプサイトでは全半壊したテントも多く、結果的に200人以上が一時避難する形となった。それでも伝説的な第1回フジロックほど悲惨な状態にならなかったのは、フェス運営側も観客もこの22年間で成長したということだろう。昨年はマナー低下が叫ばれたゴミ問題も、今年は観客、スタッフが初心に戻って取り組んでいたように感じたし、それほど気になる惨状は見かけなかった。海外からのフジロッカーも劇的に増えるなか、これからも苗場から世界まで愛されるフェスであり続けてほしい。そしてそのためには参加する全員の意識が大切なのだろうと改めて思った。

Text by Paula
Photo by Ryota Mori