追悼:マニ

ザ・ストーン・ローゼス、プライマル・スクリームでみせたベースを忘れない

自分が初めてマニの音を聴いたのは、多くの人たちと同じようにザ・ストーン・ローゼスの“I Wanna Be Adored”冒頭のベースラインだった。深い霧の中から立ち上るような音は新しい時代を切り開いたし、60年代も70年代も、パンクもニューウェーブですら後追いだった自分たちの世代にようやく「オレたちの世代の音」をもたらしたのだ。それから90年代に入るとマッドチェスター、シューゲイザー、グランジ、ブリットポップと「オレたちの世代の音」は次々と現れていくのだけど、その最初の音が“I Wanna Be Adored”だったのである。

オリジナルのストーン・ローゼスを観ることができずにバンドはゴタゴタして解散、動くマニを観ることができたのは1998年のフジロックだった。マニは96年にプライマル・スクリームに加入しアルバム『Vanishing Point』収録の“Kowalski”で印象的なベースを弾いていた。そのベースが生音で迫ってきたときに「来た!来た!来たー!」と高揚したのだった。

そして忘れられないのは2000年のアルバム『XTRMNTR』がでたときの来日ツアーである。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのケヴィン・シールズもギターで加わったときのプライマル・スクリームが最強だったと今でも思っている。パンク/ニューウェーブからその当時の音楽まですべてを含んだ集大成的なバンドになっていたし、その後の数年間は安定してライヴが素晴らしく、やっぱりマニがいたときのプライマルが1番よかった(今も素晴らしいときがあるけど)。

その後、ストーン・ローゼスが再結成されて2012年のフジロック、2013年のソニックマニアで観て、フジロックではようやくローゼスが観れた! という感激と共に「うーん、バンドとしての調子はイマイチじゃないかな」と思った。翌年のソニックマニアでリベンジ! と臨んだけど、フジロックよりはよかったかな……だけど、という感想だった。ジョン・スクワイアとマニはどうにかバンドを支えていて、その奮闘は伝わってきたけど期待値が高すぎたせいかもしれない。マニを観たのはそれが最後だったと思う。ローゼスも再び活動を停止して、最近になりマニがイギリスやアイルランドをツアーをすると発表されていて「何をやるんだろうな」と思ってたらローゼスやプライマルのことを話すトークライヴだったようで始まる前に亡くなったのは残念だった。もちろんもう一度すばらしいベースを聴きたかった。

マニの意外な仕事としてはBryan Ferryの“You Can Dance”への参加がある。この曲ではもうひとりレッド・ホット・チリペッパーズのフリーもベースを弾いていて英米を代表するベーシストの豪華共演が聴ける。どのパートがマニかフリーかわからないけど、うねうねとしたベースが堪能できる。

Text by Nobuyuki Ikeda
Photo by Keiko Hirakawa