デヴィッド・バーンとスパイク・リーによる映画『アメリカン・ユートピア』は大傑作だ!

人の声と動きだけで創りだすステージのドキュメンタリー

5月28日に公開された『アメリカンユートピア』は、元トーキングヘッズのデヴィッド・バーンがおこなったステージをスパイク・リーが撮影したライヴドキュメンタリー映画である。今までみたことなかった斬新なライヴで、音楽が好きな人すべてに観て欲しいと思った。

映画はブロードウェイでの公演を収録したものだけど、自分は2018年に香港の野外フェスティバルであるクロッケンフラップでこのステージを観ることができた。

このときのレポートには

ヘッドライナーのDAVID BYRNE。年間ベストクラスの素晴らしさ。ここ10年くらいでも上位に入るライヴだった。LEDスクリーンやプロジェクションマッピングなど映像演出が盛んな昨今、それを全く使わずに、人の動きと演奏だけで、どこまで視覚的にすごいものができるのかの挑戦をおこなっている。そして、それは大成功なのだ。

トーキングヘッズの曲も惜しみなく披露していた。ステージ最前あたりにいるにも関わらず雑談に勤しむ欧米人の観客たちも、次第にステージに集中するようになった。総勢12人のプレイヤーやダンサー兼コーラスによる演奏はキレ味あるし、踊りもコミカルかつ動きは激しく、凄まじいリハーサルを重ねて作られた完成度が高いステージを作り上げていた。ヴォーカルと一部でギターを弾いたデヴィッド・バーン自身も踊りに参加する場面が多かった。

盛り上がるのはトーキングヘッズの曲が多い。“Once in a Lifetime”や”Born Under Punches (The Heat Goes on)”は鳥肌立ったし、“Road To Nowhere”も感動的だったし“Burning Down the House”で大合唱だった。今年のClockenflapはデヴィッド・バーンのためにあったようなものだ。

と書いた。いまだにこの10年くらいでは最高クラスのライヴだったと思っている。巨大なスクリーンとか豪華なセットとかで視覚を圧倒するか、もしくは演奏テクニックなどですごいライヴがあるけど、ケーブルやアンプをなくし(アンプはステージを囲う鎖のカーテンで隠されているのだろう)、至ってシンプルなステージセットで人間の歌と演奏と踊りだけですごいことをやるというのがこのライヴで受けた衝撃だった。

映画は、ステージをカメラがさまざまな角度から捉え、プレイヤーに寄ったり俯瞰したり、真上から撮ったりでステージ下の観客がみられないところまで映しだす。メンバー全員が裸足であったり、ダンサーのクリス・ギアーモがけっこうメイクをしているのだ、というように遠くからみていたときにはわからなかったものもある。また、ピーター・バラカンが監修した日本語字幕がついて歌詞やMCの内容がわかるようになった。このように解像度が上がったので、この映画は香港で受けた感動の理由を解き明かすものに思えた。

デヴィッド・バーンはMCで投票率の低さなど、現在のアメリカの問題点を語る。具体的に有権者登録をしよう、とまで呼びかける。それらを音楽にしたときにはユーモアにくるんだり、ストレートに表現したりする。デヴィッド・バーンが今、訴えたいことがあり、それをステージで表現してちゃんとエンターテイメントに昇華しているのだ。

トーキングヘッズ時代の曲も取り上げるだけでなく、それを現在聴くべきものとして再解釈して提示している。メンバー紹介したあとに演奏した“Born Under Punches (The Heat Goes on)”の歌いだしがオリジナルの「Take a look at these hands」でなく、「All I want is to breathe」から歌いはじめたとき、警察官によって窒息死したジョージ・フロイドのこととつながって感情を揺さぶった。中学生のころ、トーキングヘッズの『リメイン・イン・ライト』を聴いて歌詞対訳を読んだとき「この支離滅裂でシュールな歌詞はなんなんだ?」と思ったけど、数十年経って現代のアメリカを射抜く曲になってしまったのだ。もしかしたらデヴィッド・バーンにこの曲とジョージ・フロイド事件を結びつける意図はなかったかもしれない。だけど、そう解釈できる余地は残っているはずだ。その数曲あとにジャネール・モネイのプロテスト・ソングである“Hell You Talmbout”をカヴァーし、スクリーンには歌詞とリンクして理不尽に死んだアメリカ黒人たちの写真が次々と映しだされる。曲が終わると、彼らだけではない、とスパイク・リーはさらに黒人たちの名前と写真を画面に映し、そこにジョージ・フロイドの名前もあった。

人種差別は根強いし、理不尽な暴力もとまらない。現状は暗澹たるものであるけど、希望をみたい。“One Fine Day”ではそれを求める姿勢がアカペラで美しく歌われる。ラストの“Road To Nowhere”では、メンバーたちはステージを降りてフロアを歌い演奏しながら練り歩く。まさに、ここからどこかに旅にでよう、このステージをみた人たちはそこから得たものを胸にそれぞれの場所にいって生かして欲しいと歌っているようだ。そしてデヴィッド・バーンは会場から自転車に乗って去っていく。その姿は2000年以降の忌野清志郎を思いだした。

トーキングヘッズ時代に残した傑作ライヴドキュメンタリー映画『ストップ・メイキング・センス』は人種混合、男女混合のバンドのステージをスタイリッシュな映像で捉えたものだった。そこから37年で『ストップ~』の世界を発展させて、それ以上の傑作を作ったデヴィッド・バーンとスパイク・リーはどんな称賛も惜しまない。映画もすばらしいけど、やはり実際のステージを観てみたいと思わせる。自分のように1回観たことがあっても、また観ることができたら最高だろうなと思うのだ。

【公開日】 2021年5月28日
監督:スパイク・リー
製作:デヴィッド・バーン、スパイク・リー
出演ミュージシャン:デヴィッド・バーン、ジャクリーン・アセヴェド、グスタヴォ・ディ・ダルヴァ、ダニエル・フリードマン、クリス・ジャルモ、ティム・ケイパー、テンダイ・クンバ、カール・マンスフィールド、マウロ・レフォスコ、ステファン・サンフアン、アンジー・スワン、ボビー・ウーテン・3世

2020年/アメリカ/英語/カラー/ビスタ/5.1ch/107分/原題:DAVID BYRNE`S AMERICAN UTOPIA/字幕監修:ピーター・バラカン

公式サイト https://americanutopia-jpn.com/

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Text by Nobuyuki Ikeda
Photo by Official