齋藤允宏のフェスあれやこれや 〜Glastonbury Festival 2022〜

配信では伝わらないこと

3年ぶりの開催となったグラストンベリー・フェスティバル(以下、グラスト)。ここ数年、音楽をほとんど聴かなくなっていたので、ラインナップを見ても正直誰が誰だかサッパリ…な状態だったけど、大勢の人間が群れになって騒ぐあの感覚を求めて、今回もカメラとテントを持ち込み、私は取材を行った。

前回のコラムを書いた時には1ミリも想像していなかった事態が世界を覆った。生活はもとよりフェスティバルの様相も一変した日本と比べて、グラストはさぞかし自由で開放的なんじゃないか。そう考えながら会場のあるイギリス南西部・サマセット州へ向かった。そこで目にしたのは3年前と全く同じ、20万人以上の人間がすし詰め状態で歌って踊る、かつては当たり前だったそんな光景が広大な会場のいたる所で連日繰り広げられていた。ポール・マッカートニーをはじめとする豪華なラインナップを誇るメインステージでの異様な盛り上がりは勿論のこと、BBCで配信される事のない小さなステージが無数に存在している。

日中、ビールを飲みながら会場を散策していると、近くからイイ感じの歌声が聞こえてくる。歌声の方へ足を進めると、楽器がひと通り揃っているオープンマイクのエリアがあった。100人ほど入れば満杯になるような小ぶりのテントで、楽器を弾きたい人たちが集まり、往年の大ヒット曲を次々と演奏している。クイーン、ビートルズ、オアシス、ボン・ジョヴィ、ジャクソン5。隣り合った人たちと思わず肩を組んで大合唱。この感じ、久しぶりだ。一日中遊びまわって深夜にテントに戻ろうとすると、どの道も大渋滞で全く前に進めず途方に暮れ、ボロボロになりながら自分のテントに戻り泥のように眠る。そして早朝、テントが小雨を弾く音で目を覚ます。この繰り返しが実に心地良い。

今年は眩暈がするほどの酷暑だった前回と違い、とにかく過ごしやすい天候だった。雷雨の予報もあったので寝ている間にテントごと水没…なんて事も想像していたけど、蓋を開けてみれば朝方にパラパラと雨が降るだけで、日中は気持ちよく晴れて涼しい風が吹いていた。夜は一気に冷え込むので防寒は必須だが、温かい紅茶が沁みる。マスクを着けている人はほぼいなかったし、着けている人がいても『まだそんなことしてんの?』という雰囲気があるわけでもない。各々が自分の判断でここに来て、好きなように過ごす。ほんと、気が楽だった。それは身勝手に振る舞うことではなく、フェスティバルの中で時間を共有する者同士が尊重しあいフェスティバルそのものへの配慮を大切にすることで、互いに自由な空間を作り上げていくのだ。

かつてはゴミで溢れていた会場も、今年は驚くほど綺麗に保たれていた。清掃スタッフが24時間体制で機能していた事もあるが、あの広大な会場を一週間も清潔に保つには、参加している人たちの意識も変わっていなければ難しかったのではないかと思う。月曜日に会場を去る際に置き捨てられていたテントも年々減っていき、今年はほとんどの参加者が持ち帰っていったという。主催者から与えられるだけではなく、参加する人それぞれが自分の役割を見つけることによってフェスティバルを作っていく。だからこそ、グラストは半世紀も続いてきたのかもしれない。

この感覚は配信からでは伝わらない。結局、自分の足で出向いて実際に感じることでしか得られない体験だ。まだまだ以前のように気軽に海外へ行く事は難しい世の中ではあるけれど、もし機会があれば6月末の1週間、イングランドの田舎町で行われる巨大な祭りを体験してみてほしい。来年か再来年か、あるいはもっと先でも大丈夫。『グラストンベリー・フェスティバル』はこれからもずっと続いていくと思うから。

Text by Masahiro Saito
Photo by Masahiro Saito