吉野寿インタビュー / eastern youth『2020』の制作を振り返る【前編】

「もっと無音のところから、何にもないところからひとつずつ作るしかない」

今年、eastern youthは一度もライブで演奏していない。新型コロナウイルスの影響で出演予定だったライブやイベントは全て日程延期かキャンセルとなり、5月にNUMBER GIRLを迎えて開催される予定だった主催イベント「極東最前線」と名古屋・大阪のワンマンライブは延期されたが、8月の延期公演も中止となった。1年前には想像もできなかった厳しい状況の下、8月19日(水)にeastern youthの通算18枚目となるアルバム、『2020』がリリースされた。8月の公演のチケットは、11月21日(土)名古屋クラブクアトロ、11月22日(日)梅田クラブクアトロ、12月5日(土)渋谷TSUTAYA O-EASTで開催されるアルバムリリース・ツアー「極東最前線 2020 あちらこちらイノチガケ」に振替えられることとなった。

eastern youthは昨年11月から『2020』のための新曲作りを開始し、今年4月1日から11日間かけてレコーディングを行った。前半の5日間は新大久保にあるフリーダムスタジオで吉野寿(Gt/Vo)、村岡ゆか(Ba)、田森篤哉(Dr)の3人でベーシックトラックと呼ばれる、曲の基本となるドラムとベースとリズムギターを録音した。

レコーディング直前の世間の状況といえば、東京では外出自粛要請が出て、街のスーパーでは食料品の買い占めが起こっていた。感染者が日々増加し、大物芸能人が新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなり、欧米のように日本もロックダウンになるのではないかと噂されていたのもこの時期だ。4月1日には、いわゆるアベノマスクの配布も表明され、世間を喧騒と不安が覆い尽くしていた。しかし、eastern youthは公共交通機関の使用を避けて車でスタジオに日参し、消毒液の携行やコントロールルームの換気など、そのときできるかぎりの策を取りながら、予定どおりレコーディングを敢行した。

1日目、スタジオを訪問すると、ちょうど吉野が外から戻ってくるところに遭遇した。吉野は開口一番「腰を痛めてしまいました」と辛そうだ。今回も『SONGentoJIYU』のときと同じように、1曲目から順番に録っていく。”今日も続いてゆく”は5回ほど演奏とチェックを繰り返し、採用となったテイクに各自が細かい部分の修正を入れた。午前10時から準備を始めて仕上がったのは16時半だった。朗らかさのある曲調に、今作で最も吉野の反骨精神が光る、2曲目の”存在”は、BPMを細かく調整しながら検討が重ねられた。3曲目の”カゲロウノマチ”も録りはじめたが、田森に体力の限界がきて、翌日に繰り越された。

2日目以降は13時から20時くらいまで作業した。再開後の”カゲロウノマチ”の録音はスムーズに進んだ。4曲目の”雑踏に紛れて消えて”は、レコーディングエンジニアの前田洋祐さんがデモを一聴して「複雑な拍ですね」と指摘したとおり、変拍子の曲だ。この曲は時間がかかるのではないかとメンバーも覚悟していたようだが、2回の演奏でOKとなった。「いちばん手こずった曲が早く終わった」とホッとしている田森に、吉野は「百万回やり直したもんね」と返す。スピード感に乗ってさりげなくも聞こえる変拍子は、いかにもな変拍子よりも演奏するのが難しいのでは? と尋ねると、「なんでこうなったのかわからない」と曲を作った本人である吉野が不思議そうな顔をしていた。

5曲目”夜を歩く”はeastern youthにとって新鮮なリズムと曲調から始まり、村岡の歌うようなベースの持ち味が存分に生かされている。じっくり向き合って聴きたい佳曲だ。ドンカマ(メトロノーム)を使わずに、練習の時の感覚を大切にしながら録っていた。6曲目の”それぞれの迷路”は、もしアナログ盤で『2020』を聴いたときにB面の1曲目にふさわしい、リスタート感と広がりのある中盤の要のような曲。田森が「ばらつきがある」と、ある箇所を録り直すためにブースへ向かったあと、吉野が「でもあのバタバタ感は、嫌いじゃない」と独り言のようにつぶやいた。テクニックに勝る、長年共に歩んできたメンバー同士のフィーリングがあるのだろう。

7曲目の途中で2日目の録音は終了となった。”明日の墓場をなんで知ろ”というタイトルを目にして思い出したのは、”雑踏”(アルバム『心ノ底ニ灯火トモセ』収録)の「明日の墓場を誰が知ろ」という一節だ。後日吉野に聞けば、「この歌詞は引用ですから」と北原白秋の詩「あかい夕日に」の話をしてくれた。「大好きです。詩集も穴が開くほど読んでいます。素晴らしいな、一行で全部を表現しているな、と思って拝借したんです。分かる人には、すぐわかる」と詩へのリスペクトの気持ちを語っていた。

3日目は”明日の墓場をなんで知ろ”から10曲目の”あちらこちらイノチガケ”まで、ベーシックトラックの録音を一気に終わらせた。19時からはセッティングを変えて、吉野のギターを録る作業に入った。吉野がオーバーダビングのためのギターパートを弾くと、鋭く爆発的な響きが重なり、これぞeastern youthと言うべき独特の音像が立ち上ってくる。

4日目、各メンバーが改めて気になった箇所を直す時間が設けられていたが、その作業はすぐに終わり、吉野のギターの録音を進めていった。スタッフから「緊急事態宣言が出たらどうしますか?」と聞かれ、「やっちまいましょう、やる方向で」とはっきり答える吉野。世間の情勢が不透明なため、万が一外出が制限されるかもしれない事態も想定して『2020』のレコーディングは『SONGentoJIYU』のときに比べて1日の休みを取ることもなく、前倒し気味に進行していった。

5日目の終盤には”今日も続いてゆく”のボーカルとコーラスの録音が始まった。「ビシーッ!ってよりは、あーあって感じ。いつもの感じにしてほしい」と吉野が言うと、村岡は「わかりました、いつもの感じですね」と返事をしてブースへ向かっていく。このやりとりでイメージが伝わっているのだから、すごい。

6日目からは、西新宿にあるサブマリンスタジオへ場所を移し、ギター、ボーカル、コーラスの録音を進めていく。7都道府県を対象に緊急事態宣言が発出された7日目は、『2020』の収録曲のほか、ライブハウスの支援プロジェクト”MUSIC UNITES AGAINST COVID-19”にoutside yoshino名義で提供するための、”ファイトバック現代”を新たに録音した。今まさに聴かれるべき曲だと思った。

吉野はコントロールルームとブースを行き来しつつ、ギター、エフェクター、アンプの組み合わせや奏法や録音方法、ボーカルやコーラスの重ね方を試行錯誤し、イメージを形にしていった。必要があれば村岡にも意見を求め、前田さんが提案するアイデアも次々と柔軟に試していく。例えば”存在”の後半、ハーモニカとアコースティックギター、ハンドクラップが鳴っている箇所は、吉野曰く「ルーム感」「遠くで鳴っている感じ」の表現に注力し、”カゲロウノマチ”の冒頭は、「赤ちゃんみたいな感じから、いきなり地獄にしたい」と、マイクに背を向けて絶叫していた。”月に手を伸ばせ”は、アルバムの最後を飾る”あちらこちらイノチガケ”とともにツアーのクライマックスになりそうな、新たな名曲の予感がした。ボーカルもコーラスも、発音までチェックしながら丁寧に録っていた。

レコーディング最後の作業は、吉野がMIDIで音を探しながら、村岡の奏でるキーボードを録音した。「昔の『ルパン3世』で、ルパンのナレーションと一緒にチャラーンって入ってる音」「ユーミンぽい音」と吉野が独特の説明をするので思わず笑ってしまうのだが、村岡のカンの良さもあってイメージどおりの音が録れ、吉野は満足そうにOKサインを出していた。


レコーディング最終日から3ヶ月半後、吉野にアルバムの制作を振り返ってもらった。久しぶりに会った吉野は、少しスリムになったように見えた。

「レコーディングの前と後で3キロやせました。あんまり食べなかったせいもあったし、疲れたんだと思う。4月のちょっと前から、レコーディングが終わるくらいの2週間くらいで一気に体重が落ちて」

曲作りは吉野がコードやリフなどの曲の土台となる要素を考えて、村岡と田森がそれに対する自分のパートを作り、曲を完成させていくと以前のインタビューで語っていた。それほど消耗するとは、曲作りや練習はどのような状況だったのか。

「思い出したくないですね。地獄だったですね。俺がもうちょっと余裕のある人間だったら、もう少しうまくやれるんでしょうけど、できませんでしたね。曲の土台ができないんですよ。形にならない。村岡さんは何も言わなくてもギターでジャンジャンジャンって弾いていると、すぐ理解して弾き始めるんだけど、タモ(田森)は俺がこういうリズム、バスドラムはこう踏んでくれ、スネアのタイミングはこう、ハイハットはこういう感じって言って、それをあいつなりに消化して、奴のプレイにするんです。俺の段階でどうしていいかわからないわけですから、いろんなイメージはあるんだけれど、そのイメージをなかなか形にできなくて行き詰まったりして、そういうのがすごく辛かった。『もう一回!もう一回!』って何度も何度も繰り返して。でも録音までにはなんとか仕上げて、最終的に聴くとよくできてる。頑張ったなあ、タモ」

曲の土台となるアイデアは、どのように生み出していったのだろうか。

「家にいて、スピーカーの前で音楽を聴いていても、なんかザワザワして、かけ流しちゃうんですが、耳にイヤホンをねじ込んで無目的に歩きながら聴いていると、集中できるんですね。ずーっとそういうことをしていましたね。歩いて、聴いて、音楽を止めて、考えて、またかけて、歩いて。曲が揃ったのはレコーディングの1週間くらい前ですかね。歌詞は曲ができてから書くんですけど、ギリギリまで推敲していました。拍があるから、なかなかはまらないんですよ。言葉だけで自由にできればいいんですけどね」

「なんかヒントはないかと思っていろんなものを聴いたり、本を読んだりしましたけど、そういう付け焼き刃みたいなものってよくないんだな。今考えると聴かないで作ればよかったなと思います」

なぜ音楽を聴かないほうがよかったと思うのか。

「無意識っていうか、知らないうちに聴いた曲が作用している部分っていうのはあったように思います。あと、いろんなものを聴いて、『がんばれ、がんばれ』って単純に自分を励ますっていうのはありましたけど、本当はもっと無音のところから、何にもないところからひとつずつ作るしかないんですよ。頼るところがない、だから自分に頼るしかない、という風に。でもやっぱり聴かずにはいられなかったですね。黙っていると気持ちが折れそうになるっていうか。だから、やっぱり聴くしかないんですよ。そうじゃないと、助からない。死んでしまう。助けられましたよ、音楽に」

『SONGentoJIYU』以降、eastern youthのレコーディングを担当している、エンジニアの前田さんとの仕事について聞いた。『2020』のレコーディングでは前田さんが『SONGentoJIYU』のときよりも具体的なアイデアを提案する場面が多くなり、バンドとのチームワークが強くなっているように感じた。

「信頼しておまかせしています。自分ではわからない客観的な意見も積極的に取り入れて、なんでもどんどんやっていけばいいかなって思っています。前田さんもプレイヤーの一人として、踏み込んで一緒に作ってくれているし、いろんな要素が入ってきて、うれしかったです」

レコーディングの後の、ミックスの作業も大変だったようだ。

「ミックスの作業はオンラインでデータを送ってもらって、聴いて、意見を戻して、また修正がオンラインで来て、というテレワーク方式でした。最終日だけ俺と前田さんとアシスタントのエンジニアで集まってやったんですけど、それが凄かったですよ。『ギター3本目』って呼ばれているギターのトラックを10曲全部録り直しました。データのやり取りの過程で、なんか変な音がする、じゃあこうしてみましょう、ああしてみましょう、と、いろいろと調整してもらったんですけど、直らない。『録ったときにこういう音がしているんで、機械では直らないです』『わかりました、録り直しましょう』となって、15時とか16時とかにスタジオに入って、アンプをセットしてもらって、全部録り直して、ミックスを最後までまたやり直して、結局オンラインでやり取りしたものを根底から変えるみたいな感じになっちゃって。ドラムの音質もオンライン調整時から方向性を変えまして、いちばん重大な変更だったと思うんだけど、結果的にすごい時間がかかりました。まあ俺は待っては聴いて、待っては聴いて、その間ずっと作業しているのは前田さんとアシスタントのエンジニアの方ですから、彼らはかなりしびれたと思います。スタジオを出たのは朝の6時くらいでした。あれが一番地獄だったですよ。きつかったなあ、あの日。ただ、最後の最後までやれるだけやったんで、後悔はしていません」

レコーディング中に緊急事態宣言が発出されたが、曲作りのスケジュールが数週間遅かったら、メンバー3人で集まっての練習や、レコーディング自体が延期になっていた可能性もある。もし、移動や会合が制限された状況下で曲を作っていたら、作品に何か変化や影響はあるだろうか。

「変わらないと思う。コロナ騒ぎにあんまり影響されてないんですよ。俺自身は影響されていますよ。失業していますから。無収入になったりして、まいったなー、と思って精神的にじわじわボディーブローが効いていますけど、それは無収入で先が見えないことに対する焦りっていうだけで、本当はコロナに関わらず、いつでも訪れうる危機だったんです。バンドはひとりでやっているわけじゃないですから、いつどうなるかわかりませんし。今から曲を作ったら、思い浮かぶ風景みたいなものが少し変わってくるかもしれないけど、心象風景みたいな観念的な歌ばかり歌っているし、コロナの下だからこそ伝えたい歌があるとか、思っていませんし、そんな風になったらおしまいだと思ってるんで、変わらないと思います」(後編へ続く)


吉野寿インタビュー / eastern youth『2020』の制作を振り返る【後編】

Photo gallery→ https://ey2020.tumblr.com


「2020」
2020.8.19 発売
発売元: 裸足の音楽社 / ¥2,600(税抜価格)
CD / DL配信: iTunes Store / OTOTOY / タワレコ / HMV

【収録曲】
1.今日も続いてゆく
2.存在
3.カゲロウノマチ
4.雑踏に紛れて消えて
5.夜を歩く
6.それぞれの迷路
7.明日の墓場をなんで知ろ
8.月に手を伸ばせ
9.合図を送る
10.あちらこちらイノチガケ


『eastern youth 極東最前線ツアー』
https://smash-jpn.com/live/?id=3411

名古屋 11/21(土) 名古屋 CLUB QUATTRO
open 17:00 / start 18:00 前売 ¥4,500(前売/1 ドリンク別)

大阪 11/22(日) 梅田 CLUB QUATTRO
open 17:00 / start 18:00 前売 ¥4,500(前売/1 ドリンク別)

東京 12/5(土) 渋谷 TSUTAYA O-EAST
open 17:00 / start 18:00 前売 ¥4,500(前売/1 ドリンク別)

Text by Keiko Hirakawa
Photo by Keiko Hirakawa