吉野寿インタビュー / eastern youth『2020』の制作を振り返る【後編】

「2020年、我々生きてました」

アルバムのタイトルは波乱の2020年を端的に示しているが。

「他に考えつかなかったですよ。今をいちばん象徴するような『2020年、我々生きてました』っていうことなんじゃないかなと思っています」

ジャケットは、まるで世界が一変してしまったことを表しているように見える。

「写真は自宅のすぐ近くで撮りました。最初はこんな風にするつもりなかったんですけど。何日かに分けていろいろ天候を変えて、信号が青の時に渡って何カットか撮ってみたけれど、全然面白くない。ベターッとした、ただの道路の写真。地面の感じは面白いんだけど、なんかピリッとしねえな、気に入らねえなと思って。『もう空いらねえんじゃねえ? 真っ赤にしちゃえ、切り抜ける?』って(eastern youthの音源のジャケットやフライヤー、グッズのデザインを手掛けている吉野有里子さんに)聞いたら、『切り抜けるんじゃない?』って言うから、やってみたら、バッて真っ赤になって。『あ、いいじゃない』って真っ赤にしたんですけど」

ハッとするような強烈なビジュアルになった。

「こんな気分ですよ、毎日。空、真っ赤ですよ」

“今日も続いてゆく”のプロモーションビデオはeastern youthの映像作品でお馴染みの川口潤監督が手掛けている。撮影場所は吉祥寺にあるアンティーク・ショップ「QUEEN’S HOTEL antiques」だと聞いた。”365歩のブルース”のPVの撮影場所でもあり、吉野も今まで何度か店舗でソロライブを行なっている。

「そうです。クイーンズで撮りました。最後に受話器を置く人は、店主のリミちゃんですよ」

レコーディング中、街中の対面で接客を行う場では、飛沫防止のためのビニールのカーテンやアクリルの衝立が設置されるようになっていった。レコーディングの場で「そのうちアメリカの刑務所みたいに電話越しに喋るようになるんじゃない?」と出た雑談が、アイデアの元になっているという。アメリカのドラマを観ていると、普通の刑務所ではテーブルで向かい合って面会するが、警備が厳重な刑務所では、アクリルの壁越しに面会して受話器で話すようになる。

「俺と川口くんとで打ち合わせしていて、なかなか映像的なテーマを絞れない歌詞の内容だったし、アメリカの刑務所みたいなのがいいんじゃないかって。要するに一つ壁ができたっていうか、今までどおりの直接的なコンタクトはできない、人と人の間に一枚幕を設けないと、コンタクトできない状態になっている。ならば受話器を用いてでもやるっていうか、そういうニュアンスになればいいかなっていう。それでも続いていくっていうか、生きている現実に色々制約が増えたり、状況が変わったりしながらもやっぱり続いていく。ヒゲも剃らなきゃ伸びる、みたいな」

髭は気に入って伸ばしているのか。

「一回ふざけてのばしてみて、なんとなく落ち着いたっていうか、慣れました。毎日剃らなくていいし、楽だし、外行くときはマスクしてるし、伸ばしてみたら案外白髪になってて、いいかなと思って。おじいさんは、おじいさんらしく」

11月21日からのeastern youthの東名阪ツアーでは、髭の吉野の演奏が観られるかもしれない。

「このままですよ。特段仕事もないですから」

『2020』は全体的に明るいトーンが満ちているのが印象的だ。

「明るいアルバムにしたかったんですよ。もう最後かもしれないんで。そう思って作りました。もし最後だとしたら、暗い、しんみりしたアルバムで終わりたくなかった。辛いことはいっぱいありますよ。だけど『ドカーン、ジャーン、バリーン!』 でやってきたんじゃないか、俺たち。だからそこに帰ろうと思って作りました。だから過剰なくらいにハイがきついんですよ。キンキンな音になってる。過剰なくらいギラギラな音にしたかったんです」

「長くやってきて、この位うまくなりました、とか、こんな風な深みが出ました、とか、そんな風にしたくなかったんです。『バンドやろうぜ』って言って、いちばん最初にジャーン! とやった時の感じと同じようにしたかったんです」

レコーディングの最終日、全ての作業を終えた吉野へ素晴らしい作品になりましたねと声をかけた時に、「昔の作品、『口笛、夜更けに響く』のときと同じぐらいよく録れた」と手応えを語っていたが、覚えているだろうか。

「それは忘れましたが、音の感じは近いものがあると思う。 ずっとジャーンとした、こういうのをやりたかったけど、なかなか思った通りにはならなかった。で、やっとアホみたいな、ちゃんとしたのができましたっていう感じ。だから嬉しかったんだと思う。でっかくなるところは、馬鹿みたいにでっかくする。鼓膜が破れる! みたいなものにしたかったんですよ。それは達成できていると思う。歌詞をもうちょっと練れればよかったんだろうけど、まあそれを言ったらきりがないですから、今、この時点で最善を尽くして、できることをやりました。よくやったよっていう感じだと思います」

“時計台の鐘”からの流れで考えると、今作では村岡さんの存在感がさらに押し出されるのではないかと予想していたが。

「本当はそのつもりだったんです。村岡さんだけで歌ってもらうとかそういうアイデアもいっぱいあったんですけど、余裕がなかったんですよ。後で考えるともったいないことをしたと思ってますが」

ベースラインだけを聞いてもよく考えられていて面白いし、プレイがとにかく素晴らしい。

「プレイは爆発していますよ。コーラスも全曲入っています。あのキラキラ感は彼女のものなんですよ」

『ボトムオブザワールド』『SONGentoJIYU』リリース時のインタビューでも、吉野は最後のつもりで作ったと発言している。最後かもしれない覚悟で取り組むからこそ、やりたい事をやろうという意気込みが毎回伝わってくる。

「いいのか悪いのかは聴いた人に委ねますけど、ズドンとしたものを一発置いて、後は知らんっていうとこですよ。ごまかしとか変なことは一切していないのは当然ですけど、これが本当に我々の今の姿です。”街の底”、”ソンゲントジユウ”ときて、メッセージ的なことを言ってくれよ、みたいな気配も感じないこともないですけど、それに合わせるために歌を作ってるわけじゃないので。人々を勇気付けようとか、夢を『与えられる』プレイを、とか言う人もいますけれども、そういうことは考えてないんですよ」

メッセージがはっきりしている”街の底”、”ソンゲントジユウ”に対して、今作の収録作、特に”今日も続いてゆく”は冴えた風景描写、心理描写が緩急豊かに繰り出され、吉野のソングライターとしての真骨頂を感じる。

「命の発露ですから。それに徹するだけっていうか、それしかない。そうじゃなきゃやっている意味ないし、今までやってきたことが台無しになる。そうしないと自分が励まされない。そうしないと生きていけないです」

制作中のソロアルバムについても聞いた。

「結局去年の11月から今まで、ノンストップで制作し続けています。ソロアルバムは今年中に出したいと思っていますね。いま10曲できていますが、あと5、6曲録って絞りたいんです。コンピューターの録音をいままで面倒くさくて触ってなかったんですけど、ついにこれを触らなければいけないときが来たかと思って、観念して震える指先で勉強しています。何も分からないので、きっとデタラメな録音になっていると思います。恥ずかしいから世に出したくないんですけど、出します」

ソロアルバムの録音は今までの作品と同様、自宅で行っているという。

「歌を録るときだけ、段ボールでブースを作って、布団かけたりして歌っていますけど、他はもうデタラメに録ってます。自宅の前をトラックとかが通るんで、ゴー! とか車の音とかが、よく聴いたら入っていると思います。もういいや、そのまま録っちゃえ! って感じです。コンピューターの録音っていうのは、コンピューターのなかにいろんな音源が入っていて、ドラムとかの生っぽい音が自然に鳴るんです。優れたプラグインもいっぱいあるんで、ああ、今までできなかったことがこんな風にできるんだ、うれしい~と思う反面、使いこなせないと意味がないんですよね。耳ももう長年の爆音で壊れてきているんで、正しい判断はできなくて、キレイにまとめるっていうのは難しいものなんだと、改めて思い知らされていますけれども」

6月1日に新代田FEVERで行われた、outside yosinoの無観客の配信ライブのようなオンラインでの演奏も、また観られる機会があればよいが。

「スタジオには一人で定期的に大体週3日程度、4時間ずつくらいで入っています。配信なんてどうすればいいんだろうなあと思いますけど、ひとりじゃどうしようもできないんで。できればこの間(6月1日)みたいに『今回のライブはチケット1500円ですよ』っていう、普通のライブみたいな感じでやれればいいのかな。音とかもちゃんとやらなきゃいけないんだろうし、間に入ってくれる人がいればいいですけど、どうしたもんかなあ」

なんとか現状が打開できればよいが。

「でも身の丈ですよ。もともと怠け者ですから。働きたくない人間ですから」

世の中がこうなっていなかったら、変わらずライブで演奏しているはずで、自分で望んで失業しているわけではないのでは。

「いわゆる世の中の人たちが言う経済っていうんですかね、同時に経済も回していかないと、とかなんとか言いますけど、その経済の枠組みの中には、俺のやっているような事はどうやら入っていないようなんですよね。どこに基準があるのか分かりませんけど。捨てられた人ですよ、私は。ただ『はい、そうですか』って黙って死なねえからな、とは思っています。さあどうなるのか? っていうのはこれからですけど」

『ボトムオブザワールド』はリリース前に前任のベーシスト、二宮友和の脱退が発表され、『SONGentoJIYU』は村岡加入後初めてのアルバムとなり、昨年9月の日比谷野外音楽堂のライブは大成功した。この激動の数年間を乗り越えたeastern youthをこれから観ていけると思っていたら、予想外の困難な状況が待っていた。

「でも、人生なんてそんなもんなんですよ、きっと。何ていうのかな、自分のやっていることは、世の中にとってあまり価値がないことなんだなあ、だから八方塞がるんだなー、と思います」

価値を誰が決めるのか、何を価値が高いとするかはいろんな考え方があるが。

「さあどうやって生きて行こうかな、と今思っているところですよ。全く道が絶たれた訳じゃないし、いままで築いてきたつながりが全くなくなったわけじゃないですから、そんなに焦ってないですけど」

eastern youthのリスナーは、吉野が何を歌うのか、どう生きていくのかを観たい、追っていきたいからアルバムを聴き、ライブに足を運ぶ。バンドの経済的成功に価値を見出したり、みんなが聴いているから押さえておくという動機で聴いている人はいないように思われるが。

「流行っているから聴いてみようとかではなく、皆さん自分で選んで、聴いて、嫌になったら聴かないだけなんだろうと思っていますけど。一対一の付き合いっていうか、誰と付き合うのでも五分の付き合いなんじゃないですかね。お互い媚びたりする必要はないわけですから。そうやって付き合ってもらえているのは、財産だなと思っていますよ」

11月からの東名阪でのアルバムリリースツアーが開催されて、お客さんと再会できることを祈りつつ、10年以上ぶりのリリースとなる吉野のソロアルバムも楽しみにしたい。

「やりますよ。それしかもう生きている意味合いがないですから」(終)


吉野寿インタビュー / eastern youth『2020』の制作を振り返る【前編】

Photo gallery→ https://ey2020.tumblr.com


『2020』
2020.8.19 発売
発売元: 裸足の音楽社 / ¥2,600(税抜価格)
CD / DL配信: iTunes Store / OTOTOY / タワレコ / HMV

【収録曲】
1.今日も続いてゆく
2.存在
3.カゲロウノマチ
4.雑踏に紛れて消えて
5.夜を歩く
6.それぞれの迷路
7.明日の墓場をなんで知ろ
8.月に手を伸ばせ
9.合図を送る
10.あちらこちらイノチガケ


『eastern youth 極東最前線ツアー』
https://smash-jpn.com/live/?id=3411

名古屋 11/21(土) 名古屋 CLUB QUATTRO
open 17:00 / start 18:00 前売 ¥4,500(前売/1 ドリンク別)

大阪 11/22(日) 梅田 CLUB QUATTRO
open 17:00 / start 18:00 前売 ¥4,500(前売/1 ドリンク別)

東京 12/5(土) 渋谷 TSUTAYA O-EAST
open 17:00 / start 18:00 前売 ¥4,500(前売/1 ドリンク別)

Text by Keiko Hirakawa
Photo by Keiko Hirakawa